いびつであるために
「能力?違う。これは私の欠点よ。」

そう。何の躊躇も無くドスッ!と巨大な捻子を蟀谷に突き刺したコイツの突然の奇行に、流石に唖然と言葉を失った。鋭い螺子は何の前振りも無くそれを自身に突き立てたコイツの頭を貫通し、その螺子の埋まった穴から血液が溢れ出す。しかしそれをした当事者である女はしかしくたばる事無く、相変わらずの笑顔の侭ずるりとそれを抜き取った。

そうすれば、当然の如く途端に吹き出す大量の血液。その傷も血の臭いも紛れも無い本物に違いないのに、それでも女は生きている。ぼたり。傷から螺子からとめどなく血液が床に落ち、血溜りが広がって行く。・・・その、時。

女が自身の頭に空いた巨大な穴に指先で触れた瞬間、シュウウ・・・と。音と共に、瞬く間にその傷口が塞がって行った。溢れ落ちた血も、それにより生まれた服の汚れも、あれほど充満していた血液独特の強烈な臭いすらもが、まるで煙が空気に溶けるようにして消えて行った。そう、まるで、初めからそんな現象は起こっていなかったかのように。俺の臓器を、シャチの身体が何事も無かったかのように治ったのと同じように。そして、

大嘘憑き(オールフィクション)。私の傷を無かった事にした。」

口端を吊り上げそれを告げたコイツのその一連の動作の後、咄嗟にコイツの嵌めた海楼石の手錠が偽物なんじゃないかとその右手首に嵌るそれを握った。だがその刹那に抜ける力に、紛れも無くそれが本物である事を知り唖然とする。「どういう・・・事だ、」

「お前・・・今、何をした?海楼石があるのに何故、」
「だからさっきも言ったでしょ?単純明快直截簡明、これは悪魔の実の能力じゃない。だから海楼石があっても使える。」

俄かには信じがたい目の前の現象に絶句した。能力者でもない人間が、そんな事を出来るのか。あるいはそういう力を持った種族の人間が存在したとして、そんな奴等が世間に知られていないなんていう事があり得るのか。全く未知のその力に興味も浮かぶが、やはり使っているこの女が不気味だからか、嫌に気味が悪い能力のようにも感じる。・・・いや、それだけじゃない。やはり、この能力そのものも確かに気味が悪いのだ。

「・・・お前はどんな理由で負った怪我であっても治せるのか?」
「どういう事?」
「今、お前は自分で自分を突き刺しただろう。俺がお前を切ったとしても、その傷を治す事が出来るのか?」
「勿論。全てに対して分け隔てなく平等に、優劣なく可もなく不可も無く、負荷をもって全部を無かった事に出来る。」

その言い回しに眉を顰める。最初から妙に胡散臭い言い回しをする奴だとは思っていたが、だが、それでもコイツの言葉は妙な引っ掛かりを覚えるのだ。そんなコイツを観察している俺に気付いているのかいないのか。コイツは相変わらずの薄っぺらい笑みを浮かべたまま、「それから、」と人差し指を立てて見せた。

「何だかさっきから私がお兄さん達の傷を治したみたいに言ってるけど。それはそもそもの所で大間違いだよ。」
「どういう事だ?」
「だってそれじゃぁ私の能力が治癒能力か何かみたいでしょ?」

予想だにもしなかった切り返しに、しかし言われてみれば確かにこの女にそんな能力は死ぬ程似合わねェなとも思う。そんな俺の傍らで、コイツは大仰な仕草でもって左腕を広げ、右手を胸元に当てる。そうして妙に演技がかった口調でもって、意味ありげな言葉で語るのだ。

「私みたいな不完全(ねじれ)から、そんなに前向き的な能力が生まれる訳がない。そう言う力はね、それこそ週刊少年ジャンプの主人公とそのパーティーメンバーみたいな人か、あと教会とかにこそあるものなんだよ。」

その言葉の真意は掴めない。これ程言葉の価値の見えてこない奴も中々珍しい。が。治癒能力じゃないなら何だと言うんだと、その先を促すようにコイツを睨み据えれば、だがコイツは相変わらず俺の睨みに怯むような様子は欠片も見せずに続ける。「言ったでしょ?これは私の欠点だって。」

「最初から言ってるよ?私はただ、無かった事にしただけ。無かった事になったみたいに傷を治したんじゃない、無かった事に、した。お兄さんが臓器を引っこ抜いた事実を、シャチちゃんがお兄さんから臓器を提供されるような怪我をした事実を、私の頭にこの螺子をねじ込んだ事実を、現実を。ただ、無かった事にしただけ。」

無かった事に。その言葉に、ザワリ。全身が粟立ったような気がした。・・・確かに、最初からこの女はそう言っていた。だが、それはあくまで"傷を無かったかのように完治させた"と、そう言う風にとらえていた。無論ペンギンもシャチもそう思っていただろう。当然だ。そんな、・・・もしもそれが言葉通りの能力だとするなら、それこそ、

現実(すべて)虚構(なかったこと)にする。それが私の過負荷(マイナス)大嘘憑き(オールフィクション)

そんな能力こそ、あり得ねェ。神の領域に土足で踏み込むような、そんな能力だ。
しかし、成る程。だからこそ『all fiction』と言うわけか。だが、そんなとんでもない能力を、どうしてこうもあっさり話せるんだ。きっとコイツは、これから俺が聞く事に、何を隠す事もなく全てを教えるんだろう。その危険性も何も理解したうえで、それでも何でも無い事のようにその情報を俺に伝えるだろう。・・・冗談じゃねェぞ。こんな危ねェ能力を、こんな危ねェ奴が持ってるのか。

溜息が出るくらいにどうしようもねェ現実に、もういっそ諦めの念すら沸いて来る。だが、それでもコイツの能力は本物で、その能力をこのしょうもねェ奴が持っている事も事実だ。それはコイツを殺しでもしない限りは揺るがない。その事実を飲み込んだ上で、もうどうでもいいかとそれについては放置する事にした。
そうして「そのマイナスとオールフィクションってのは何だ?」と問えば、やはりコイツは思っていた通りに、それを応えて見せた。

「解析解明一切不可能。無意味で無関係で無価値、そして何より無責任。何事にも何者にも役に立たない、有害で負荷にしかならない。そーんな人が育った環境や状況で後天的に発生させる有害で負荷にしかならないスキル、それが過負荷(マイナス)。」

解析説解明が不明って事は、つまり解析解明しようとした者がいたって事だろう。これだけの能力を持った奴の研究なら、それなりの施設、それなりの人材が集まった筈だ。それでもその情報が何も外部に漏れてない事、それ以上にコイツがこうして自由に外を歩き回っている事実。そして、ほんの少しコイツと話しただけでも分かるコイツの歪み破綻した人格。問うまでも無く、その研究施設はもう残っちゃいないだろう。
・・・まぁ、そっちの事はどうでも良い。それより今はコイツ自身と大嘘憑きって能力の事だ。

「なら聞くが、その薄気味悪い能力はお前の気持ち悪さと関係があるって事か?」
「うん?何か今凄いサラッと酷い事言ったねお兄さん。」
「別に外見が見るに堪えない程気持ち悪いって訳じゃねえ。寧ろ平均的な世間の感覚で言えば、まぁ可愛い方だろう。それでも俺はお前を見るに堪えない程気持ち悪いと感じた。それとその能力は関係あるのか?」

育った環境によって発生する有害な能力が『過負荷』と呼ばれるものだと言うが、劣悪な環境にあるだけで誰にでも生まれるものでもないだろう。ならばその要因は環境だけではない筈だ、それを思って問うた言葉にコイツは「なかなか鋭いねぇ、お兄さん」と口端を吊り上げた。

「その通りだよ。過負荷はその過負荷を"発生"させた人間の"性質"に密接に絡み合うものだからね。大嘘憑きは生まれ育って培ってきた"私の性質"から、この身体に発生したスキル。」

性質、ね。それはつまりその能力を発現させた人間の人格という事だろう。それを性質だの発生だの、一々薄気味悪い言い回しをする奴だ。だが、まぁどういう原理かは知らねェが、「つまり、お前の大嘘憑きって能力は生まれついての環境の劣悪さが作用し、自身を守る為に生まれた力。そしてその"発生"という言葉から聞くと、その力は遺伝的なものではなく、あくまで"突然変異"という理解で合ってるか?」と確認すれば、す、と眼を細める事で肯定を返される。・・・成る程。

「じゃぁお前にはお前以外の"実例"の知り合いがいるって事だな?」
「いるよー。でも多分もう会えないねー。」
「会えない?」
「うん。すごーく遠い所に居るんだ。すごーく遠い、お星様にね。」

にこり。笑んだコイツに「成る程」と今度は口に出してから、顔と声は久しい友人を語るような口振りで、だがそれにしては穏やかにそいつの死を語るもんだと息を吐いた。『お星様』ってのはつまりそう言う事だろう。しかし、過負荷と呼ばれるスキル。俺もあらゆる方面の本を読み漁ったが、そんなチート染みた能力は聞いた事が無い。どれ程の環境に生まれ育てばそんな力が発現するのかは分からねェが、冗談みたいな話だ。

それをあり得ねェと切り捨てる事は簡単だ。そんな力を持った人間が存在する筈がねェと。だが此処は偉大なる航路で、俺の身体は確かに"戻った"。それは紛れも無い現実だ。

「・・・悪魔の実ってのも大概だとは思っていたが、お前のそれも相当だな。もはやオカルトだ。」
「あはは、そうかもね。でも大丈夫!こんな気持ち悪い人間、多分この星には私以外にはもういないから!」

そんな奴がそういてたまるか。それは口には出さなかったが、恐らく伝わっただろう。あははっなんて楽しげに笑うコイツに、だがふとそういえば、と。そもそも1番最初に見たものを思い出した。あの人間屋の中の連中だ。

「お前の大嘘憑きって能力については分かったが・・・。なら、あの気が可笑しくなってた連中は何だ?」
「あぁ、あれ?あれは別に能力云々とかそう言うんじゃなくって、なんて言えばいいのかなあ。」

首を傾げ、白々しく悩んだ風を見せるコイツは・・・随分前から思ってはいたが、相当に面倒臭ぇ。それでもその面倒臭さに付き合っているのは恩がある事ともう一つ、俺の中でコイツの事を計りかねているからだ。気味が悪い、不気味なこの、只の餓鬼の存在を。そしてコイツの存在に多少なりとも動揺している自分の事を。だがあまりにも掴めないコイツに、好い加減考える事を放棄し始めている事にも気付いている。考えても、分からない物は分からない。世の中はそう言う風に出来ている。

「私、人の心を折るのがちょっと得意みたいで。ちょっとお話をしただけなんだよね。」
「(コイツは本当に仕様もねェ奴だな)つまり?」
「んーと。まぁ、百聞は一見にしかず、って言うしね。実際にやって見せようか。」

人差し指を唇に、「えーと、確かあの時は・・・」と何事かを思考するように上を仰いだコイツは、その後「えー・・・ごほん。」と。妙に演技がかった調子で咳払いをして、ぐりんと大きい目で俺を見た。その眼は紛れも無く、1番最初に覗いたその眼だった。気味が悪い、触りたくも無い、関わりたくも無い、そんな眼だった。そうしてその眼が、口が、嗤った時。"それ"が発せられた。

「モブキャラの皆さん、こんにちわ。」

ゾワッ・・・!
刹那に感じたその悪寒にも似た何かに、飛び退いてこの女から距離を取った。なんだ、これは・・・?この感覚も、何よりコイツ自身も。覇気とは違う・・・いや、そんなもんとは比べようも無い程に凶悪で、脆弱で、不快で、不可解で、そして何より・・・、と。そう思考して、そしてこの女を、観る。・・・俺は、勘違いをしていたな。それを知ると同時にこの得体の知れない気持ち悪さに冷や汗を流し、しかし1つ、理解した。

俺はコイツを負を凝縮したような奴だと思ったが、それは大きな間違いだった。いうなれば、コイツが負。コイツ自身が負を具現化したようなものなのだ。この、何処までも何もかもを台無しにするような、これはまるで、そう・・・成る程。これが「マイナス、」か。

「そう、これが過負荷(マイナス)だよ。お兄さん。」

今、俺は確かな畏怖を感じている。言いようのない不快感を感じている。その感覚に動揺している。だが、もう一方で、ザワリ。胸の奥底でざわめいたそれに、口端が歪んだ形で吊り上がったのもまた、分かった。
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