息継ぎで構成する
俺と船長がようやく船へ辿り着いた時、妙にざわめく甲板から「あっ!せんちょー!!」なんて能天気な声を響かせて姿を覗かせたのは、件のシャチ本人だった。そのシャチはブンブンと右手を左右へ振り、何処をどう見ても普段の健康体の侭、他のクルーの連中に囲まれながら笑みを返し、声を返し、身振り手振りを返し、軽やかな動きで甲板から降り、その様子を唖然と見上げていた俺達の元へ駆けて来た。

そんな様子を俺と船長はかなりの距離を全力疾走した所為で乱れた息を整えながらも、唖然というか絶句と言うか・・・兎に角言葉を失って見つめているしかなかったが。俺を見、船長を見、船長の担いでいる・・・あれ?そう言えば名前も聞いてなかったなと今更気付いたが、兎に角『魔女』を見。そしてもう1度その視線を船長に戻したシャチは、酷く溌剌と興奮した様子で口を開いた。

「船長!俺さっきまで相変わらずスゲー痛いわ苦しいわだったんスけど、さっき突然それなくなって!しかも臓器とか無くなってるのもあった筈なのにその感じも無くなって!何かフツーに歩けたんで自分で歩いてレントゲンとか撮って確認してみたんスけど、全部治ってんスよ!!だからベポが言ってた船長が見付け『魔女』が何かしてくれたんじゃねぇかって今皆と話してたんス!ほんっとーに!今回はすんませんっした!!ありがとうござ「おいクソガキ。

恐らくシャチ自身も良く分かっていないだろう自身に起こった事をそれでも一通り説明した後で、バッ!と綺麗に体を折り曲げ頭を下げ謝罪と礼を告げたその言葉を遮ったのは、とんでもなく低い船長の声と、そして何よりジワジワと辺りへ滲む船長の殺気染みた怒気だった。

その船長のあまりの様子に目の前のシャチは頭を下げたまま凍りつき、今まで宴会ムードだった甲板の上の船員達は一気にお通夜ムードへ。よく分からないまま触らぬ神に祟りなしと、恐ろしい程静かに船内へ避難して行った。・・・俺も逃げたい。

しかし今此処から逃げるわけにもいかず、未だに固まったままで居るシャチと。そして船長。その2人の怪我は恐らく、確証は無いが、しかし恐らく、しかし間違いなく彼女のお陰で怪我が完治したんだろう。・・・にも関わらずこれから船長に責められる事になるだろう、この『魔女』に、心の中だけで少なからず同情した。・・・・・・合掌。
「説明しろ。全部だ。何が、どうなって、こうなってる。」

あれから更に数十分程経って。一句一句を区切って威圧的に魔女と呼ばれる女の子を見下ろす船長。停泊する潜水艦の、更に船長の部屋の中。固い床の上で正座する女の子と、その正面で柔らかな椅子に座る船長。脚を組み、尊大な態度で彼女を見下ろす船長の顔はまぁ良い感じに極悪人面で、元々目付きが悪い上に眼の下の隈と、帽子で出来る影が余計に船長の眼光を鋭く見せている。それも椅子に座っているとはいえ長身の船長から見下ろされるのは相当恐ろしいだろう。

それを思い恐る恐る彼女を窺い見てみたが、・・・彼女はなんて事ない顔で「全部も何も、それで全部なんだけどなあ」なんてケロリとしていた。俺の隣のシャチは、自分が怒られているわけでもないのに僅かに背を丸めてビクビクしているというのに、だ(だが気持ちは分かる)。

「お前・・・この傷をなかった事にしたっつったな?」
「言ったね。」
「つまり俺の臓器をコイツに提供した事をなかった事にしたんだよな?」
「そうは言ってないね。」

平然としている風に見せているだけ・・・ってわけでもなさそうな様子の魔女は、確かにこの年齢にしては落ち付いてる・・・というより、悪意慣れし過ぎている感じがして気味が悪い。だが船長がいう程の気味の悪さも、ベポがあれほど怯えた恐怖も感じない。そんな彼女を疑問に思いながら、しかし彼女の言葉に「つまり?」と眉を顰め先を促した船長の声を聞きながら、そちらに意識を集中させた。

「私が無かった事にしたのは、お兄さんが臓器を引っこ抜くきっかけになった出来事の方の傷だよ。つまりお兄さんが臓器を提供した、そっちのえーと・・・シャチちゃんの怪我だね。私が使った力は事象じゃなくて、そのものの因果律を無かった事にする能力だから。だからシャチちゃんが怪我をしなかった事になったから、お兄さんが臓器を引っこ抜く事も無くなった。だからお兄さんのした怪我も無かった事になった、って事だね。」

けろりと笑顔で言ってのけた彼女に、船長からビキリと音が鳴ったような気がした(しかしシャチ『ちゃん』って・・・)。それに俺とシャチはそろって肩をびくつかせ、ゆらりと立ち上がった船長が拳を握っているのを視界に入れて眼を瞑った。「お、前は・・・ッ」

「それを先に言わねェか!!!」

ゴンッ!!と。そりゃぁもう良い音を響かせて彼女の頭に落とされた拳に、「いたいっ!!」と悲鳴が上がった。






「で?つまりこれはどういう事だ?」
「丸腰の女の子に刀構えるのは酷いと思うな!」

とんとん。鞘から抜き放たれた刀の背を左手に数度乗せてから、ギラリと光るそれを彼女へ向けた船長へビシッ!と右手を上げて講義をした彼女にはもういっそ感服する。あの船長の形相を見て、まさか本当に切られる筈がないと高を括っているわけでもないだろうに。・・・俺なら凍りついて動けなくなる。
だが船長の方はそんな彼女の様子にも慣れたのか諦めたのか・・・一々一つ一つ相手にする事無く、とっとと話を先に進めた。

「お前の能力について説明しろ。無論何もかもを根掘り葉掘り聞くつもりは取り敢えず今はねェ。必要な情報だけよこせ。」
「ねぇ、何で怪我が治ったのにそんなに不機嫌なの?寝不足のストレスを命の恩人にぶつけるっていうのはいかがなものか。良くないよ、実によくない。それにさも当然みたいに話してるけど、別に私、教えてあげる必要無いよね。何でそんなに高圧的なの?」

うわ・・・言った・・・言っちゃったよ・・・そこは思ってても黙っている所だろうに。案の定ひくりと顔を引き攣らせた船長が「あァ?」なんて睨みを利かた。・・・まぁ、実際彼女の言ってる事も最も何だが。だがそこは海賊相手に常識を問うなと諭してやりたい。っていうか、もうこれ以上余計な事を言わずにとっとと説明してとっとと帰ってくれ、切実に。

「ねぇねぇ!それより私、此処に来るまでに色々あって喉乾いちゃった。林檎ジュース欲しいなあ。」
「・・・シャチ。話が進まねェ、持ってきてやれ。」

またとんでも無くどうでも良い事を言いだした彼女に、若干疲れた様子で促した船長に「はい!」と。それはもう素晴らしい返事をしたシャチは、とっととこの張り詰めた空気の充満した部屋から駆け足で出て行った。それを内心呆れながら、そして羨みながら見送った俺に、しかし船長は俺にもまた声をかけた。

「ペンギン、お前も外に出てろ。」
「・・・、はい。」

その言葉に1度言い淀んで、しかし直ぐに従って扉へ向かう。
・・・正直。得体のしれない能力者と船長を同じ部屋に2人でいさせるというのもどうかと思ったが、船長は強いしその辺りの事もきちんと考えてるだろう。それにシャチと、わざわざ俺を外に出したと言う事は、まぁ船長なりの彼女への礼だろう。珍しい事だとも思ったが、彼女は船長と、その船長が自分の臓器を移植してまで救ったシャチの恩人だと思い直す。

そこでふ、と息を吐いてから。ふと額に浮かんでいた汗に気付いてそれを拭った。

・・・あの魔女が言った能力。あの言葉が本当にしろ嘘にしろ、確かに船長とシャチの身体は完治した。
船に入ってから、船長とシャチは本当に身体が治ったのかどうか簡単に確認した。が、本当に気味が悪い程完璧に治っていたのだ。怪我をする前と、全く同じように。何も変わらず、良くなる事も悪くなる事も無く、そのままの通り、あの怪我自体が無かったかのように。あんな完璧な治癒能力が、あるものなのか?・・・そんな神様のような力が、本当に存在するのか?

だが、俺はその能力上に彼女自身の事が恐ろしいと思った。知らずの内に冷や汗をかく程には。そんな凄い能力の事を、どうして俺達海賊に何の躊躇も無く使って見せ、そしてつらつらと説明まで出来るんだ。もしもそんな能力が本当に存在するのなら、海賊だけじゃない。あらゆる人間がそれを狙って来ても可笑しくは無い。いかなる手段を使っても、だ。まさかその危険性も何も分からずに説明した、という事は無いだろう。それ程に世間知らずという風ではなかった。

なら、全てを分かった上で、受け入れた上で、やったのだろうか。だとすれば、なんて危うい子供だろうか。いや、あれは危ういと言うよりむしろ・・・         あぁ、成る程確かに。

「あれは、不気味だな。」






(さて、どうしたもんか。)
シャチとペンギンを部屋から追い出し、いよいよ目の前の女と2人になった部屋の中。再び椅子に座り頬杖をついて女を見下ろす。・・・さっき呆気なく自分の能力を説明した女の危機感の無さか、あるいは自身のあまりの軽視加減にはほとほと呆れ果てたが、それでもシャチとペンギンを部屋から追い出したのは俺なりの礼だ。

俺達の身体が完全に元通りに完治している事を知ってから、この女に報酬は何が欲しいかと尋ねれば、そんなものはいらないと返した。そもそも今回の事はあの時俺がコイツに手を差し伸べた礼だからと。あまりに不釣り合いなそれに、こちらが警戒せざるを得ない程に強大な能力。それをコイツが本当に自覚しているのかいないのかは別として、それは誰かれ構わず説明していいような能力じゃねェ。

あの2人が無暗矢鱈に敵でもねェ他人の能力について触れまわるとも思っていないが、必要とあればコイツの能力についてつきつめた話もするかもしれねェ。無償で身体を治してもらった最低限の礼儀として2人を追い出したが、その辺りをコイツが分かっているかは怪しいな。・・・まぁそっからコイツの人生だ、知った事じゃねェ。・・・と。そこまで思ってから一息吐き、刀を鞘に納めて女に視線をやった。

「一応確認しておくが、再発の可能性はねェんだな?」
「うん、ないよ。仮に私がお兄さん達の知らない所で勝手に野たれ死んだとしても、だから無かった事にした事がまた無かった事になる事は無い。例えお兄さんが今此処で私を刺し殺そうとしたとしても、私にはその傷をまた戻す事は出来ない。」

コイツはまた、そういう重要な情報を事も無げに・・・俺達が清廉潔白な民間人かなんかだと勘違いしてるんじゃねェのか。だが、コイツのこの呆気なさが逆に不気味で気味が悪い。いっそ清々しい、と思う事が出来ないのは、コイツが持つ独特の雰囲気からだろうな。しかしコイツの人間性について突っ込んでいくのも面倒臭ェ。とっとと話を進めるか。

「なら、いい。じゃぁ次だ。人間屋にいた連中の精神を可笑しくしたのはお前だな?」
「うん?そうだけど?」
「分かった。ならお前の使った能力がそれを使われた俺達にこれ以上何らかの作用、主に悪影響をもたらす事はあるのか。」
「いや無いよ。そんなあれこれ付属出来るような面白い力じゃないし。」

そう告げてから、しかし「あ。もしかして自分達も頭可笑しくなっちゃうんじゃないかーとか面白い事考えちゃった?」なんてニヤニヤしながら続けたコイツに、この餓鬼は一々こっちをイラつかせるような何かを付け足さねェと喋れねェのかと拳を握りかけて、グッと堪えた。耐えろ・・・話が進まねェ。

「・・・・・・・・・お前が食った悪魔の実は何だ?」
「うん?」
「視力聴力の失明に加えて、気が触れるなにかを与える・・・その上失った筈の臓器を完全に復元する程の能力。そんな神みたいな能力を持つ悪魔の実があるなら、世間に知れている筈だ。何の実を食った?」

一応その実が何かを知らずに口にした可能性も考えて立ち上がり、本棚にある悪魔の実の図鑑を抜き出した。そうしてそれを女へ手渡せば、その図鑑を不思議そうに数秒眺めてから、しかし直ぐにその図鑑を俺へつき返して笑った。

「悪魔の実の能力・・・?あはは、いやだなあ〜・・・私なんかがそんな少年漫画の主人公とかそのライバルが持ってそうな力を持ってる訳無いよ。そんな凄いものじゃないよ、これは。」

言われた言葉に、3度瞬き。嘘を吐いている風でも無いコイツに、取り敢えず図鑑を近くの机に置いて「は?じゃぁお前の能力は・・・」と問い掛けて、しかしそれを遮るように「これ、なーんだ。」と言った女のその手に視線を向ける。

コイツがす、と。何処からか取り出して見せたのは、手錠だった。その手錠の輪を右の人差し指にぶら下げて見せてから、それを俺へ放る。そしてそれを掴めば、直後に感じる独特の感覚。「・・・、海楼石か」呟いて、しかしその不快な感覚に直ぐにそれを投げ返せば、俺を見てにこりと笑む女。コイツはそれを再び受け取ると、その錠を自身の右手首にだけ嵌めた。

その不可解な行動に俺が胡乱に眉を寄せた時、コイツは何処からともなく長さにして軽く50センチはあるだろう巨大な捻子を取りだして見せた。それに何だといつでも反応できるよう刀に意識をやったその刹那。・・・ゾワッ。さっきまでこの女が浮かべていた、何でも無い貼りつけられた笑顔から一変。口端を吊り上げ、凶悪に歪められたその、笑み。それが俺を覗いたその刹那、

「能力?違う。これは私の欠点よ。」

ドスッ!何の躊躇も無く鷲掴んでいたその螺子を自身の蟀谷に突き刺した女に、「なっ、」と。唖然と声をあげる他なかった。
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