夢覚めやらぬ世迷言
俺達がわざわざ海賊や海軍を見つける度・・・いや。わざわざ海上にいる奴らを探してまで無差別に襲い、記録指針(ログポース)の指していないこの島を指す永久指針(エターナルポース)を奪い此処まで来たのは、"魔女"と呼ばれる女を見付ける為だった。

2週間ほど前、シャチが負傷した。悪魔の実の能力を持った海軍との戦闘で、幾つもの臓器を損傷し、直ぐに使える臓器を移植しなけりゃ死にいたる程の傷だった。シャチは自分の事は放っておけと言ったが、アイツはまだ、俺には必要なクルーだ。だがあの時、殆どのクルーは散り散りに散っていて、周りには適当な人間がいなかった。だからこそ、あの時は俺が俺の臓器の一部をシャチに移植した。

本来なら不可能である筈のオペではあったが、オペオペの実の能力のお陰で何とかそれを終え、一命を取り留める事には成功した。だが、移植した臓器の中には、生きて行く上で必要不可欠な臓器。肺、腎臓、肝臓の3つがあった。幸いにして肺と腎臓は1つでもあれば生命活動に支障はない上に、肝臓も部分的な移植だった為に俺もまた、奴に臓器をくれてやった後も生きてはいるが。だが、この身体のまま先の海へ行く事は出来ない。

肝臓は一部を切除した所で、数カ月もすりゃ元に戻る。腎臓は1つありゃまぁ水分補給に気を配ればまぁェいいだろう、問題があるとすれば酒の量が減る位だ。だが、問題は肺だ。俺がシャチに与えたのは右肺。肺ってのは左右でその割合が違う。内の右肺は50%以上を占め、摘出すれば左肺以上に負担がかかる。      勿論あの時はシャチの生命を維持する為には右肺の方がより適切だと判断し、移植した。それにより俺の呼吸器官がどういった変化を持つかも理解した上でだ。

それでも遥かに呼吸はきつく、本来は6カ月以上はリハビリが必要と言われるその摘出手術の後。他の臓器もあちこち弄り、免疫力も弱まっているにも関わらず、たった2週間ぽっちでこうして島を歩き回るなんてふざけてるとしか思えねえ所業だ。もしそんな患者がいれば、医者として注射器に劇薬を入れて楽にしてやる所だ。・・・が。それでも俺がこうして歩きまわり魔女を探しているのは、その魔女の腕を正確に確かめられるのが俺くらいしかいない事と、そしてその魔女の噂を聞く限り、そいつも能力者である可能性が極めて高いからだ。


その魔女の噂は単純だ。どんな怪我も病も、また故障や損傷も治す事が出来る魔女がいる、と。それだけだ。

その噂を聞いたのは、手術を終えた数日後。その島の中で聞いた話だった。そんな都合のいい能力がその辺に転がっている筈がない、世迷言だとせせら笑ってもいい所ではあったが、此処は偉大なる航路。何があってもおかしくない場所で、そして本来あり得ない能力を生き物に埋め付けるのが悪魔の実だ。そしてなにより、そのネタを放っておくなと、そう俺の直感が疼いた。

なんにせよ。これから先の海へ渡る為には、俺とシャチには兎に角健康な臓器がいる。だが、シャチの手術はアイツの身体が回復するのを待ち、手術に耐えられるだけの体力が戻るのを待つ必要がある。その期間、何もしないでいる手はねえ。魔女を探し、そいつの力が本物なら俺達の身体を治させる。もしも偽物なら、そいつが健康体だったなら臓器だけ貰ってとっととこの島を出る腹積もりで此処まで来た。

そしてようやく、その噂の『魔女』へ繋がる単語が、その魔女がいるというこの島の中で俺の前へ姿を出した。
「あの女は、魔女だ・・・!」

そう告げた老人に、自然と口端がつり上がった。そんな俺の様子を見たコイツがしわがれた顔を気まずそうに歪めて見せ「その様子じゃアンタ等、あの『魔女の噂』を聞き付けて来たんだろう?この島に来る連中の中に、たまにそう言う奴がいる。」と視線を落とした。・・・まぁそうだろうな。この噂の信ぴょう性云々についてはさておき、そんな便利な能力があるならどんな奴だって欲しいだろう。それを思い老人を見下ろしている俺に、再びその老人は口開いた。

「・・・あの噂は、元々ワシ達島の人間が意図的に流した物だ。」
「なに?」
「あの魔女がいなくなるならと思って、海賊や、ブローカーが跳びついて来るように。あの女を何処かへやってくれるようにと。」
「あァ?じゃぁあの噂は全部デタラメだったのか?」

言いながら、盛大に眉間に眉が寄った。それを見た後ろのベポとペンギンが1歩・・・いや、2歩下がったのを気配で感じながら腕を組み、右の爪先を左足の左側へ動かし、トン、トン、と地面を突いた。そんな俺の不穏な空気に気付いたんだろう。老人は慌てたように「いやっ、デマじゃない!本当の事だ!」と両手を左右に振り降参のようなポーズを作って続ける。「事実だ・・・事実だから、あの魔女は未だにこの島にいる。」

「もう何人もの海賊やブローカーが彼女を連れていこうとした。だが、誰1人としてまともな状態で帰って来なかった。」

その、まともな状態でという言葉に、ついさっき見たあの人間屋の惨状を思い出す。誰一人としてまともな精神状態を保った奴のいなかった、あの惨状。あの状況と噂の『魔女』の関連性を見つけ、俺の勘もまだ信用できそうだと思いながら「おい。その話、詳しく聞かせろ。」と問うてみれば、老人はやはり戸惑った風を見せる。しかし再び辺りを見渡し人気がないのを確認すると、1つ溜息を吐いてから口を開いた。「ワシもそんなに詳しい訳じゃない。いや、アイツの事について詳しい奴なんていやしない。ただ分かる事は、・・・」

「奴は、気付いた時にはこの島にいた。いや、あの森に・・・か。」



「本当に突然だ。暫くの大嵐の所為で、この島を訪れる奴なんて誰もいなかった。そんな時期に、あの女は、"いた"んだ。」

最初にあの女に会った奴は、あの女に訳の分からない言葉で話しかけられたらしい。まぁ、少ししたら普通に話し始めたらしいが。その事が返って不気味にも思えるが、気味が悪いのはそれからだ。それに耐えられなくなったワシ達は、兎に角あの女を追い出そうとした。アンタ等も知ってるだろう?スラムの連中に売り飛ばそうと思ったんだよ。だが、

だが、あの女を捕らえようとしたスラムの連中は皆、精神を病んで普通の生活は送れない状態になったて倒れていた。それにはスラムの奴等も躍起になって、次々に腕の立つ者をあの魔女の元へ差し向けた。市民街の中からもあの魔女の元へ向かった者も大勢いた。だが、結果は皆同じだった。


「・・・解せねェな。話を聞く限りでは、あの女は襲われたから返り討にしてるってだけに聞こえる。寧ろお間等の方が一方的な加害者にすら聞こえる。お前らが其処までの被害を被ってまで奴を"追い出したい"理由はなんだ?まさか、只単に気味が悪いってだけじゃないだろ?」

それまで黙って話を聞いていたが、其処までの被害を出してまであの女を追い出したいって理由が皆目見当もつかなかった。筋肉の付き方は一般人以下。その上何処を見ても隙だらけ。あんな見るからにひ弱な女が本当にそんな事を出来るのかって事自体も甚だ疑問だ。・・・だが。あの女の眼を思い出して、いや、其処については納得だと考えを改める。そんな時、目の前の老人が嫌に神妙な面持ちで切り出した。「・・・・・・何年か前の話だ。」

「4歳になる子供が、アリの巣を潰して遊んでいた。それを理由に、あの魔女はその子供の視力を奪った。」
「・・・は、」
「それに報復をしにいった子供の父親がアレを痛めつけて帰って来た翌日、その父親とは何の関係も無かった人間30人の聴覚が一斉に無くなった。」
「・・・・・・なに?」

今までの話とは大分色の違う内容に、ペンギンとベポも顔を見合わせている。そもそも、元々の話じゃその魔女ってのは治療が出来るって話だった筈が、どうしたら精神疾患を患わせたり、今度は感覚神経を壊せるって話になるんだ。そもそも、悪魔の実の能力とは言え、本当にそんな事を出来るのか。それを思ってどういう事だと促せば、この老人はしかし至って真面目に答える。


「その聴覚についても、理由ははっきりしていた。」

あの魔女がその力を使ったのは、何もその子供が初めてってわけじゃない。この島の外から来た海賊なんかには、度々その力を使っていたから、あの魔女にそう言う能力があると言う事自体は知っていた。それでもその力をワシ達に向ける事は無かったし、ワシ達は持ちつ持たれつの対等な立場だと、そう思っていた。だから、危険視なんてしてこなかった。・・・しかし、その子供の事があってから、ようやくワシ等はあの魔女の脅威を思い知った。

それから暫く、奴による凶行は度々起こった。奴は怪我を治す事が出来るから、島の連中に致命傷になる程の怪我を負わせ、痛みを与えてからその傷を治す、なんて事もあった。

それでも、あの魔女がどんな怪我も病も治せると言う事は事実だった。だから奴の脅威に怯えながらも、暫くは耐えていた。しかし、流石にそれももう限界だと奴を追い出そうと。それが出来ないのなら殺そうと、市民街の男共が立ちあがった。その中には例の聴覚を奪われた人間も何人もいた。男共はスラムの連中とも徒党を組み、世も更けた頃にあの魔女の住む家を襲撃し・・・そして誰も、帰ってはこなかった。

心配になった町長と、その男どもの妻や子供たちがアレの家に翌昼着いた時。男どもはアレの家の周りに倒れていた。争った形跡はなかった。男共も生きていた。ただ、

「あの魔女の家に向かった男共、48人は皆、精神を病んで今も起きあがる事も出来ない。」


まぁ。その男共の事はどうでも良い。そもそもある意味その事態は自業自得。そんな力を持つ奴の脅威を軽視した結果だ。そんなこの島の連中の甘さを内心でせせら笑いながら、しかし引っかかる事がある。「・・・待て、」

「結局その魔女の能力は何だ?お前等は元々奴の能力は治療系の能力だと触れ込んでいただろう。だが話を聞く限りじゃ、精神に作用するものだったり感覚神経に作用するものだったり滅茶苦茶だ。どういう事だ。」

何の統一性もみられない能力に、眉を寄せる。・・・一見、それらは"医術"という面においては関連性があるようにも思えるが、実際には何の繋がりもねえ。そもそもその『治療』に付いてだって人体だけではなく、話を聞く限りでは物の修理も出来ると来ている。そんな万能な能力があるわけがねェ。だがコイツが嘘を吐いている感じでもねェ。それについて問い詰めてみても「それが分からないんだ」と返されるだけだった。それに舌打ちを1つした所で、「だが、」と老人が続けた。

「あの魔女が何人もの精神をおかしくした事も、何人もの視覚や聴覚を失くした事も事実で、またこの島民の怪我や病を治した事もまた、事実なんだ。」

其処でようやく俺達が求めていた話題に触れた。実際にはその魔女って奴に会って話を聞き、能力を見ない事には何も分からない。だが、情報はいくらあっても余る事は無い。


「あの女は金がないらしくてな。始めてあの女を目撃した時から数日後、あの女から取引を持ちかけて来たんだ。」

どんな怪我も病も、あるいは物の破損もなおす。そう言う能力を持っているから、代わりに生きるのに必要な物資を与えてくれ、とな。・・・実際、あの女の力は凄かったよ。出血多量で死にかけていた男を治し、不治の病と呼ばれていたそれを患っていた子供を治し、ある時はそれまでの嵐で倒壊していた家々を直した。

ワシ達はそりゃあ感謝をしたさ。確かに不気味な小娘だったが、それでもこの島にとっては恩人だ。その上アイツはあれだけの能力を持ちながら、本当に生きるうえで最低限の物資しか要求をしなかった。ワシ達は喜んであの魔女の望んだものを献上した。だが、

そんな喜びは直ぐに消えた。さっきの話だ。奴は子供の視力を奪い、島の連中の聴覚を奪い、精神を病ませた。かと思えば、自分を害した奴の傷や病を治しもする。・・・アイツは訳の分からない感覚で物を考えて行動する。何が地雷になってワシ達の身が脅かされるかも分からねェ。

だから、噂を流したんだ。ワシたち市民街の連中も、スラムの連中も。殆ど来るのは海賊だったが、稀に海軍も来た。それでも結果は何も変わらず、アイツは今もあぁして此処に暮らしている。


「・・・成る程な。」

一通りの話を聞き終え、トン、トン。右の人差指で組んでいた左腕を軽く突いてから、「・・・それで?」と目を細める。「どうしてアンタは俺達にアイツに関わるなと言う?」今までの話の中でも解せない箇所は多々あった。だが結局はさっきの女に直接問い詰めなけりゃ話からねェ事ばかりだった。だが、これについては今問える。

「アンタ等はあの女を追い出してほしいんだろう?寧ろ率先して俺を奴の元へけしかけるべきなんじゃねえのか?」
「・・・もう何人もの人間が、あの女に可笑しくされた。その中には、ワシの息子もいた。アンタよりは申し越し年はいっていたが、ワシはもう、アイツのようになった物を見たくない。アンタみたいな若い奴なら尚更だ。」

聞いてみればあまりのくだらなさに鼻で笑ってしまった。アホ臭ェ。もう完全にこの老人から興味の失せた俺は、「おい。アイツの住んでる小屋ってのは何処にある?」と、とっとと知りたい事だけを聞いてあの女の元へ向かう事にした。そんな俺の問いに「、え?・・・あぁ、あの森の丁度中心辺りに、」と答えた老人に「そうか」と答えてから、小高い森の方へ視線を向けた。・・・正直、あの森を登るのはこの身体には多少負担がかかる。だが、まぁ行くしかねェかと首の裏を掻いた。そうして「邪魔したな」とだけ老人に告げて「・・・行くぞ。」とベポとペンギンを促しとっとと歩きだした俺に、老人が慌てたように声を張った。

「い、行くって・・・ちょ、本当に止めた方が・・・!」
「俺に命令するな、消されたいのか。」

自分でも自覚のある目付きを更に悪くさせて老人を見下ろせば、「ひっ」と悲鳴を上げて引き下がった奴にフンと息を吐いて再び歩きだす。止めた方がいいだと?冗談じゃねェ、何の為にこんなしけた島に来たと思ってる。「俺達は、その"魔女"を探しに来たんだ。」
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