裸足の行進
はじめは違和感ばかりだったのに、今となっては随分と心にも身体にも馴染んだ家の中。ずっとひとりで戦って来て、1番の願いを遂げた私には、もう何も得られないと思っていたのに。なのに、こうして与えられた・・・差し伸べてくれたものに、泣きだしたくなるような幸福を感じる。

温かな部屋に、柔らかい匂い、そして何より優しい声に確かな体温。ずっと欲しくてたまらなかったものに包まれたこの部屋の玄関で、さらり。頭を撫でられた。見上げれば、優しく微笑んで見送ってくれる人がいる。けれどその彼は私から手を放すとその笑みの中に困ったような、少し申し訳なさそうな色を乗せて顔を歪めた。

「・・・ごめんな。」
「なぁに?」
にばっかり任せて、さ。」

言われた言葉に「ばっかりって事もないけど・・・」って首を傾げて、だけどその私の言葉にもやっぱり浮かない顔をしてる彼に小さく笑った。「皆それぞれに自分の出来る事をやってるだけで、私には私にしか出来ない事があるから私がやってるだけだもの」別に押し付けられてる訳でも、他の誰もが何もしてないわけじゃない。所か、皆私に気を遣って、この"私にしか出来ない仕事"以外のお仕事を回さないように頑張ってくれてる事も知ってる。だから、

「ばっかりなんて、思った事無いよ。」
「・・・あぁ、      ありがとう。」

私の言葉に少しの逡巡の後、だけど彼は眉を下げて笑って見せた。それに私もにこっと笑み返せば、彼は「あ、そうだ」と。不意にそう声を上げて、ポケットの中から1枚の髪を取りだしてそれを私に差し出した。

「ほら、セレモニーの招待状。代わりに渡しといてくれって頼まれた。」

そう言って差し出された髪・・・セレモニーの招待状を受け取りながら。そう言えば今回はこれが必要だって言ってたなあって思い出す。まぁ、実際本当に忘れていた所で問題もあんまりないんだけど・・・なんて思いながらも「うん、ありがとう。」ってお礼を告げて、時計を見る。・・・8時、52分。そろそろ良い時間になったし、出発しよう。そう思った私に気付いたのか、彼が明るく笑んだ。

「行ってらっしゃい、気をつけろよ。」
「うん、行ってきます。」

告げられたその見送りの言葉に私も返事を返してから、踵を返して右手に槍を『出現』させる。それを1度くるっと回してから切っ先で上から下へ、斜めに空を『切った』。そうして生まれたその"入口"に身を投じたその時に。背中にかけられた「頑張れ」という声に、自然と口元が緩んだ。だから、



この限りある幸福を守る為なら、何だってしてみせる。      なんだって、壊してみせる。
カツン、カツン、カツン。
自然工場アスコルドの操業記念セレモニー。そのセレモニーの一環としてトリグラフから出発する特別列車、ストリボルグ号。その乗車券を指で遊ばせながら、座っている椅子の背もたれに凭れて固い床を踵で叩く。そうして流石工業都市と言うだけあって広く複雑に入り組んだトリグラフ中央駅の様子を座ったまま眺めていれば、不意にストリボルグ号の改札がざわついた。それに何かと思って視線をそこへ向ければ、直ぐに理由は分かった。

堂々とした立ち振舞いで駅構内を歩く、屈強な男性。クランスピア社の社長さんと、そしてその周りを警護するように歩くエージェントが2人と、秘書らしき女性が1人。そう言えば今回のアスコルドの式典には色んな著名人が招待を受けてるって言ってたっけ、と。そんな事を思っている間にその人達は駅員の案内の元改札を抜け特別列車に乗車して、その後にはまた白衣を着た若い男の人が1人、乗車口へ駆けて行っていた。

随分若いお兄さんに見えたけど、だけど特別列車に入って行ったって事は、あの人もセレモニーに招待されたうちの一人って事なんだろう。・・・私の場合は、この乗車券もセレモニーの招待状もちょっとズルをして手に入れたものだけど。そんな事をぼんやり考えながら、そう言えば、と。不意に思い出す。

さっき駅内であったおじさんが、今日はリーゼ・マクシアのカラハ・シャールから親善団が来訪するって言っていた。その親善団をトリグラフとヘリオボーグへ案内して親睦を深めるっていう試みらしけど・・・アスコルドのセレモニーの日と合わせたのは、リーゼ・マクシアの人達にエレンピオスの食品生成について触れる為かも知れない。リーゼマクシアと違って自然の枯渇したエレンピオスでは、黒匣(ジン)を使った工場で化学合成や成長管理された主食である小麦や野菜とかの自然食品を育てているから、リーゼ・マクシアの人の興味を引く事は出来るのかもしれない。

それを考えれば、本当に不思議な"世界"だなぁと思うけど・・・。そこまで考えてから、ふ、と。駅内の時計の針に視線を向けた。9時、45分。その表示された時間に、そろそろ行こうかな、と立ち上がる。

その最中。ストリボルグ号の改札の直ぐ横の清算所に、嫌に大きい荷物をカートに乗せた男の人がいるのに眼が行った。その荷物は高さと奥行きは人1人、横幅は人2、3人程の大きさのロッカーみたいなものだけど・・・その荷物を運んだ人は「改札に届けてくれって依頼なんですけど、」と、それに対応する駅員さんに説明してる。だけど駅員さんの方は「そんな依頼可笑しいだろ」と渋い顔を見せた。「兎に角、荷は貨物室に回してくれ。こんな所に持ち込まれたら困るよ」・・・まぁ、確かに。

そんな事を考えている内に、徐々に多くなってきた人どおりにその人達の姿は見えなくなったけど。別段私もそれほど興味があったわけじゃないから、改札の方に歩きだす。だけど何だか清算所の方は人が多くなってきたから、その反対側の方に。そうしてその改札に乗車券をあてようとした所で、

「違う!あの子供が嘘を吐いたんだ!」

不意に耳に届いた声に、吃驚して弾かれるようにその音源の方を仰ぎ見た。だけどその声を発した人の姿は丁度人の影になって見えなくて。私は1度躊躇って、けれど改札へ翳そうとしていた乗車券を引いて清算所の方で揉めている人達の方へ歩く。丁度ストリボルグ号の発車5分前を知らせるアナウンスを聞きながら、そのさなかにも聞こえてくる「何があったんですか?」「痴漢だってよ。しかも子供相手に」っていう言葉を耳に。あれ?と、視界の先に映った人に瞬いた。・・・さっきあの大きい荷物について揉めていた人が、駆け足で出口の方に向かってる。その事に内心首を捻りながら、だけど人混みの中に駅員の人を前に項垂れて顔を歪めているその人、を、見付けて。その人に「ねぇ、」と。そう声をかけた直後。

ドォォオオオンッ!!!
突如として鳴り響いた爆音に、さっきのあの大きい荷物から噴出された白い煙幕。それに殆ど反射で顔を覆ったその直後に立て続けに聞こえた、ドドドドド!!っていう、まるで銃が連射されたかのような音。音源を見れば、突如現れた武装した人達。そして酷い悲鳴に荒い足音。その酷い喧騒に、どうしようと首を捻っていた、時。

ドン!っていう衝撃を受けたと思えば、その直後に大きくて温かいものに前から包まれた。頭をぎゅっと抱きこまれて、それに何かと思ってる内に後ろに倒れて・・・だけど床に倒れ込んだ割に全然痛く無かった事に瞬いて、私に覆いかぶさる人が上手くガードしてくれたんだと知る。その中で視線だけを巡らせて辺りを窺えば、其処に広がる惨状に顔を歪めた。

煙幕は足元から徐々に晴れて行ったけど、その足元が行けない。綺麗に磨かれていた床に広がる血痕に、其処に倒れ伏す老若男女様々な身体。そして私の倒れている清算所の前の、横。改札を抜けて行く何人もの武装集団が、恐らく全員特別列車に乗り込んだ後。ようやくおさまって来た現状に私の上に覆いかぶさっていた人が起きあがったのを受けて、私もまた上半身を置きあがらせた。起きあがらせて、

・・・・・・・・・なぁに、あれ。と、ぱちぱち。瞬いた。もしかして、これがテロって言う奴なのかな、なんて。そう思ってその場にぺたりと座り込んだままでいれば、不意に目の前に手が差し伸べられた事にその眼の前の人を見上げて、眼を見開く。

「大丈夫か?」
「、・・・うん、大丈夫。お兄さんは?」
「あぁ、俺も大丈夫だ。」

綺麗な、エメラルド色の瞳が私を心配そうに覗いて。未だに床に座り込んだままの私に手を差し伸べてくれたその人に、瞬き。恐る恐るその手に私の右手を差し出して見れば、思っていたよりも強い力で握られて、そうして簡単に引っ張り上げられた。ぎゅ、と。力強く私の手を握り締めてくれるその手をジッと見下ろしている私に「君は、」と。その人が声を落とした事に顔を上げた、刹那。

「きゃぁああああ!!!」

特別列車の中から、子供の悲鳴が聞こえた。それに私も、そして目の前のその人もまた弾かれたようにその列車を仰ぎ見た。だけど先に動いたのは、目の前の子の人だった。その人は私の方を振り返って私の両肩に力強く自身の両手を乗せると、私の顔を真っ直ぐに覗き込んで、言う。

「此処は危ない、君は様子を見て外へ。」
「ぇ、あの・・・」
「いいな?」

否定を許さない強い声調と眼でもって言われて、思わず頷いてしまったけど・・・その人はそんな私を見て小さく笑んで、けれど次の瞬間には何かを決意したような表情でもって改札を飛び越え、特別列車の中へ駆けて行ってしまった。・・・それを見送って。私はまた瞬く。そうしてからふ、と一息吐けば、汽車の中からまた銃声が聞こえて来た。それをぼんやりと聞きながら、後ろを振り返る。

固くて冷たい床に倒れ伏す人達。血だらけの床に、微かに聞こえる呻き声、悲鳴、鳴き声。それらに後ろ髪を引かれるような感覚を覚えて、だけどそれを振り払って特別列車の方へ振り返る。不気味なほど静かに動き出す列車。それを見て、小さく息を吸う。・・・さっき、あの人には外に出るって言ったけど、「ごめんね。」私も、そこに用があるの。

囁いて。私はさっきまでは其処に無かった左腕の縦に手を伸ばす。そうすれば円状のそれがカチリ、音を立てる。刹那に全ての時間が止まった世界をひとり、カツン。歩きだした。
<< Back Date::130501 Next >>