窓枠の中の永遠
何処かの世界のエレンピオス最大の都市、トリグラフ。その家々の間の狭い路地裏。物音一つしない建物の壁に背中を預けて座り込んだまま、けれどもう立ち上がる力もない。真っ暗な夜空に瞬く星と、月明かり。その仄かな明かりに照らされて、うっすらと見える手元のソウルジェムの色を覗き、そうして上を仰いで目を閉じた。殆ど黒く濁ったその卵型の宝石に、あぁ、もうだめか、と。幸か不幸か視認できる自分の限界に、どうしてか口端が上がった。

音ひとつない深夜の路地裏に、「ふふ」、と。漏れた息の音が虚しく響く。「ふふっ、あはは」何でだろう。ゆったりと瞼を開けてみれば、視界は滲んでいるし、頬からは冷たいものが伝い落ちるのに。なのに込み上げてくるのは、おかしさばかりだった。「あーぁ、」

「さみしい」

ぼろっ。この感情の名前を呟けば、どうしようもない程に溢れだした。あんなに可笑しかったのが嘘だったみたいに、もう涙と嗚咽しか出てこない。くるしい、かなしい、つらい。

もう力の入らない指先で、けれどぎゅっとソウルジェムを握りしめても固い冷たさしか感じない。これが、こんなものが私の命なのだと思えば笑える筈なのに、なのにもう、そんなおかしさすら感じられない。      なんで。なんでこんなに喉が渇くんだろう。なんでこんなにお腹がすくんだろう。どうしてこんなに満たされないんだろう。

もう、どうしようもない。こんなの、初めから分かっていたのに。自分の生き方も、自分の死に方も。どっちも薄汚い溝鼠みたいなものだって。ちゃんと分かってて、覚悟してたつもりだったのに。そんな体験すら、もうこれで"2度目"なのに。なのに今回の方がずっと、ずっと辛いのはどうしてなんだろう。だけどそんな最期の顔が、こんなボロボロの顔なんて、なんてみっともないんだろう。本当に、最期の最期まで、私は綺麗になれないなぁ。・・・あぁ、

あぁ、いやだなあ。また、ひとりぼっち。

ぱた、と。落とした涙の音を聞いて、ようやく私は眼を伏せる。そうして再びその目を開いた時に、ソウルジェムを地面に転がした。カラン。軽い音が地面に響いて、なんて小さい命だろうと、今度こそ、ようやくまた笑えた。手元にマスケット銃を生み出して、その銃口をソウルジェムに向ければ浮かぶのは恐怖と虚しさばかりだけれど。それでも、これをしない事の方がずっと恐ろしいから。選びようのない運命に、その引き金を引こうとした、その、時。

「大丈夫か?」

ふ、と。頭上から音が聞こえた。それにふらふらと視線と頭を持ち上げれば、そこには私を酷く心配そうに見下ろす男の人がいた。男の人というのにはまだ若い、多分、15、6歳くらいの、人。その人は自分の服が汚れるのも気にせずに地面に膝を付いて、私が立った今転がした薄汚く濁ったソウルジェムを拾い上げた。そうしてそれをやんわりと手の平に持ったまま、今度は壁に凭れていた私の背中を抱き起こしてくれた。

その温かさに、・・・そう。もうずっと忘れていた人の温かさに、ぼろり。ようやく止まった筈のそれが、再び溢れだす。

そんな私に彼はとても心配そうに私を見て、そうして声をかけてくれる。私の身体を見て、何処かに怪我があるんじゃないかって探してくれる。私の冷たい頬に触れて、彼自身の温かくて大きな掌で温めてくれる。その限りない優しさに、あぁ、これが最期なら、なんて幸せなんだろう。そう思わずには、いられなかった。ずっとずっと1人で、独りぼっちで。悲しくて寂しくて。だけどもうどうにもならなくて。求める事を諦めて、だけどずっと望んでいたもの。

見ず知らずの、この世界でも、他の世界でだって見た事の無い知らない人。ただただ、優しいばかりの人。

固い地面に落とされていた私の手の平を握って声をかけてくれる、この人の声。それが鼓膜を揺らせば、もう恐怖は無かった。ただひとつ。優しい子の人に、申し訳ない事をしてしまうな。と、それだけを思って。それでも、「・・・ありがとう。」ようやく喉から零れたその音は、もう震えていなかった。見上げれば、何処までも綺麗なエメラルドの瞳。その宝石みたいな瞳を覗きながら、名前も知らないこの人の手にあるソウルジェムへ手を、伸ばして、        .






「一緒においで。」

優しさばかりに包まれたその声と共に伸ばされた、その手の平。
         その時。真っ黒に濁っていた筈のそれが、ほんのかすかに。けれど確かに、仄かな光を灯して輝いた。
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