なじみすぎたふたつ影
ふ、と。意識が浮上して1番最初に見たのは、不安そうな若菜さんの顔。だけどそんな私と目があって直ぐに若菜さんはぱっと顔を輝かせると、視線を横・・・彼女から見たら正面に移して両手をそっちに伸ばして揺らした。「起きて!が起きたわ!」その言葉を向けられたのは、そこで胡坐をかいて眠っていた鯉伴さんで・・・若菜さんに方を揺らされた鯉伴さんは「ん・・・ぁ?・・・」と、意識がはっきりしてないんだろう。寝ぼけた様にそう声を上げていて、・・・私は今の状況が良く分からなくて状態を起こした、時。

「・・・・・・!!!!

びくっ!跳び跳ねるような声に呼ばれて身体を震わせた刹那、がば!と勢い良く大きい身体に抱きしめられた。それに戸惑って「え、・・ちょ、あの?」となんとか鯉伴さんを放そうとするけど、目いっぱいにぎゅうぎゅうその腕に閉じ込められていて、全然身動きできない。それに何とか顔を若菜さんの方に向けたけど、彼女はふふっ、と笑うと「それじゃあ何かご飯を作ってくるわね」と、そのまま部屋を後にしてしまった。

それに一体どうしたのかと周りを見渡して見れば、外はもう明るくて・・・それもこの明るさだとお昼近そうな時間帯である事に気付いて、こんな時間まで眠ってたのかと瞠目して。すると鯉伴さんはそんな私の両肩を優しく、けれどしっかりと掴むとす、と私から距離を置く。真っ直ぐに視線と視線を交わらせて、彼は眉をハの字に下げた。

「大丈夫か?どっか怪我とかしてねぇかい?変な所は?」
「いえ、あの・・ふ、普通、です。大丈夫ですから・・・」
「あぁ〜・・・昨日は本当に吃驚したぜ。身体は?ちゃんと全部女の子なのか?」

至極心配そうに聞かれたその言葉に、思わず「へ?」と、頓狂な声が漏れた。だけど私の・・・その、・・・お腹の、下らへんを見て言う物だから、視線を泳がせてしまったけど。そうすれば鯉伴さんの方もそんな私の様子と自分の向けている視線に気付いたのか、バッと上げて「あ、いや・・・」と言葉を濁した。だけどはーっと息を吐きだすと、大きい掌で顔を隠して「なんでもねぇ、忘れてくれ」と溜息みたいに吐きだした。・・・そんな鯉伴さんにどうしようかと右へ左へ視線を動かして、首を傾げた。「あの、」

「昨日、って?」
「・・・・・・・・・へ?」

私の言葉に、ぱちり。片方しか開いていない瞼を瞬かせて、こてり。なんだか可愛らしくさえ見える仕草で首を傾げた鯉伴さんに、けれど私はハッとして詰め寄った。そうして「あ、そう言えば、バスは?!皆は大丈夫だったんですか?!」と早口に問えば、彼は「え?お、おう。」と頷きながらも後ずさって。けれど今度は離散さんの方がズイッと私に顔を寄せて「・・・え?いや、・・・お前、覚えて・・・ねぇのかい?」と、何だか只ならない様子で聞いてきた。・・・だから、

「?・・・はい?」ぱちぱち。瞬いて首を傾げた私を、鯉伴さんは僅かに見開かれたまで唖然と見つめていた。






「・・・って訳で、だ。は妖怪だった時の記憶が全っ然ねぇらしいんだよなあ。」

昨日。あの時もう時間だと告げた・・・の、中にいた妖怪の俺の息子。そいつはそれを告げた直後にふらりと身体を傾かせて気を失ったように重力に身を任せた。それを俺が受け止めた時、俺の腕の中似たのはもう、"息子"ではなく、"娘"になっていた。それに唖然とした俺達は、だが取り敢えずを抱いて家に帰った訳だが・・・

今日。ようやく昼前になって眼が覚めたは、昨日の事を何にも覚えていないようだった。それを今夜、が眠っただろう時間に奴良組の連中を集めて告げれば、この場にいる全員がぽかんと口を開けてしまっている。・・・特に、親父が。それを横目で見ながら、昨日今日の事を思いだしながら、俺は俺がまとめた考えを告げる。

「で、だ。もしかしたらアイツ、四分の一血を引いてるから、一日の四分の一(・・・・・・・)しか妖怪で居られねェんじゃねぇかって思うんだが。」

お前らどう思う?と、問い掛けて。だが、俺の言葉に誰も何も答えない事にん?と連中を見渡した。だがそこに広がるのは静寂ばかりで、それに一体どうしたんだと取り敢えず鴉天狗に視線を向ければ、沈黙の後。・・・・・・・・・

えーなんですってぇー!?
びくっ!突然叫び声を上げられて身体を震わせた。するとその鴉の声に弾かれたように周りの連中も「そ・・・それって」だの「どーなるのぉー!?」だの「お嬢ー!!」だのと口々に叫び出した。それに「煩ぇが起きるだろうが!」と一括してから、隣で魂が抜けたように固まってる親父にクッと喉で笑ってから、取り敢えず息を吐きだした。「まぁー・・・そういうわけだ!」

を3代目に、って俺の意志は変わらねェが。今の段階ではとりあえず様子見って事で話を付けて欲しい。の事も、息子の事もだ。どっちにしろ、1番複雑な問題抱えてんのはアイツだしな。俺もまだまだ現役だし、今は皆で見守っててやらねぇかい?」

二、と。笑って言った俺に、隣でようやく戻ったのか「・・・仕方ないのう」と声を上げた親父は、相当残念そうだ。・・・まぁ、継ぐも継がないもアイツ等次第だ。は継がねえっつって、息子の方は継ぐっつっていた。アイツがの意志を無視してそれを断行するような奴には思えないが、それはも同じだ。・・・アイツの意志があるのに、それを全部蔑にできる奴じゃねえ。「・・・難儀だなあ」呟いて、だが、謝罪をするつもりはない。寧ろ俺は、ちょっとだけ嬉しいしな。

自分でも分かる程にだらしのない顔をしてたんだろう俺を見て、数人の幹部が溜息を吐きだした事には気付いたが、そればっかりは仕方ねェ。只でさえ可愛い一人娘がいるのに、その上こんな形で息子にまで出会えるなんて・・・どう考えたって、幸運だ。

「んじゃ。次、可愛い息子に会う時までに、何かいい名前でも考えといてやらねェとな。」






布団の中で、ごろっと寝がえりを打って。けれどざわざわと聞こえてくるざわめきに、眼を伏せる。けれどなかなか落ち付けずに布団を剥ぐと、枝垂れ桜の木の前まで歩く。ひたり、ひたり。冷たい廊下に素足を乗せて、そうして見上げたその枝ばかりの木の上。ざぁ、と流れる風に向けた視線を瞼で覆って俯いた。

何も、忘れている事なんて無かった。昨日の事、私の事、『彼』の事。けれど今は、忘れていた事にした方が都合がいいと思った。百鬼夜行を背負うつもりのない・・・この奴良組の代紋を継ぐつもりのない私には、その方が。だけど、

眼を開けば、満開に開いた桜の花が風に舞い。そうしてその中に1人、銀色の影。真っ直ぐに私を見据える、その吸い込まれるような瞳に、告げる。「・・・ごめんね、おにいさん。」そっと囁いた心の中で、彼が「気にするな」と笑った。
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