まばたき惜しむ少年
!」と。カゴゼに何の迷いも無くその刃を向け、そうしてその畏もろとも断ち切って見せたその背中に慌てて駆けよれば、振り返ったソイツは1度俺を見て瞬いてから直ぐにふ、と笑みを零した。そうして「やめてくれ。それは女の子の名前だろう?」と、そう言われて、確かにと気付いて苦笑を返した。さっきまで当り前みてェにそう呼んでいたが、どう見てもこいつは男の子だ。「あぁ、悪ぃな」と笑った俺に、コイツはやっぱり笑みを作ったまま、続けた。

「アンタが名前をくれ。この奴良組を、・・・百鬼夜行の主となる者の名を。」

百鬼の主は嫌だと。そう言ったと、真逆の事を言うこの少年。と同じ身体で、違う意志を持つコイツは、きっと自身であって、とは全く違う個人なんだろう。それが良い事なのか悪い事なのかは分からねぇし、それがを苦しめる事になるかもしれない。だけど、それはコイツにとってもおんなじだ。だから俺は、俺に"息子が出来た"事実を、喜ぶだけだ。

だからそんな、初めて会った俺の息子のその言葉に苦笑した。・・・俺、若菜に子供が出来たって知った時は無条件に何の確証も無しに女の子だと思ってたから男の子の名前って考えてなかったんだよな。だからこその苦笑だが、「んな行き成り言われてもなあ。」と零した俺の言葉に笑みを携えて見せた。

「急ぎじゃないんだ、ゆっくり考えてくれればいい。そうだな、・・」何かを言いかけて、だがふ、と。言葉の最中に不意に気付いたように空を見上げたコイツに「?どうした?」と問えば、コイツは酷く穏やかな様子で目を伏せて笑った。

「もう時間だ。」
「時間?」

問い返された言葉に「あぁ」と返したコイツはとは違う眼の形で、全く同じ眼で俺を真っ直ぐに見据えた。その目は何処か、に似ているような気がして。その目を見つめ返した俺に、コイツは口元に笑みをたたえたまま、囁くように言った。「次までに、考えといてくれ。俺は、」

「俺は、アンタから貰いたい。頼んだぜ、」
・・・と。そこで、逡巡するように言葉を止めた。そいつは1度視線を彷徨わせて、けれど照れたように、気恥かしそうに笑んだ。



「・・・           親父。」



あぁ、本当に。お前はとは違うんだな。俺が欲しくてたまらなかったもの。
・・・お前は、くれるんだな。

直後、ふ、と力が抜けたように倒れたコイツに慌ててその身体を抱き支えれば、シュゥゥ、と、抜けていく妖気。さらり、流れた髪は、その姿は、もう既に息子の姿から娘の姿に戻っていた。その小さい身体を抱きすくめ、俺は恐らくが向き合っていかなきゃならねぇ色んなもんを思って、一層強く、掻き抱いた。「・・・ごめんな、」










「・・・あなた、」

さらさら。月夜に照らされる枝垂れ桜の下で見上げた先。
満開に咲き誇り、沢山の花弁を浮かばせるその枝の上。音も無く其処に座り佇む、銀色の髪を持つその人。ただただ静かな空気を持つその人は、私の言葉にゆったりと振り返るとそっとささやかな笑みを携えて。

「なんだ、。」

この私と彼の2人ぼっっちの世界の中に響いた声は、何処までも優しくて。
何もかもを知っているような。そんな、顔で。なのにまるで私を責める事の無い眼に、私の方が眼を伏せた。それでも彼が私を真っ直ぐに見下ろしている事には気付いているけれど、それでも。私は顔を上げる事なんて、出来なかった。「あなた、・・・」

この身体の(・・・・・)ひと、なの?」

私の問いに、彼は静かに笑むだけだった。彼は、私の言葉の意味を知っているのだ。きっと、私の事も。それでもただ穏やかに笑むだけの彼は、一体今、何を想っているんだろう。私を見て、何を想うんだろう。・・・きっと彼は、"普通"の"ひと"、なのだから。

それを思って、眼を伏せた。私に彼は、やっぱり相変わらずの穏やかさで。静かな声を、響かせた。


「俺はお前だよ。      。」



小さい時から"ひとでないもの"と一緒に育って来た。

彼はずっと私の中に居て、夜だけこの枝垂れ桜のもとで姿を見せた。
生まれてからずっと此処(・・)にいた彼は、けれど日に日にその存在を強く私の中に残していった。そして、


そして私は、         私が"彼"じゃない事を、生まれた時から知っていた。
<< Back Date::110923 Next >>