信じない子のための魔法
男の子は、ばくごうかつきと言った。
爆豪、勝己くん。その子は私が引っ越した家の隣に住んでる、今の私と同い年の男の子だった。あの日の帰り道。私を私の家の前まで一緒に歩いてくれた勝己くんは、それから毎日私の家の呼び鈴を鳴らした。

やる事ないなら一緒に遊べよ!この間林ででっかいカブトムシ見つけたんだ!新しいヒーローチップ発売したんだ、一緒に買いに行こうぜ!かーさんが夜ご飯一緒に食べよって!今度とーさんが山連れてってくれんだ、も一緒に行こうぜ!いろんな理由を付けては、私の手を引いて色んな所に連れて行ってくれた。

そして私も父と母の荷物の整理も終わって落ち着いたら、幼稚園に通い始めた。引越前から父と母が手続きをしてくれていた幼稚園は、偶然にも勝己くんと同じ幼稚園で、それを勝己くんはとても喜んでくれた。何処でそんなに懐いて貰えたのかは分からないけど、こんなにかわいい子に懐いて貰えて嬉しくない筈がなかった。そんな様子を周りの大人達も知っていたから、おじいちゃんとおばあちゃん、それに勝己くんのご両親もまたそれを喜んでくれた。

幼稚園に入ったら他にもお友達はいるだろうし、女の子と遊ぶのは嫌がるかなあと思っていた勝己くんは、だけど幼稚園の中でも変わる事なくふわふわの小さい手で私の手をぐいぐい引っ張った。

小さい子のテンションには時々疲れちゃうけど、それでもこの場所で一人取り残された私に、その無邪気な手は酷くあたたかなものに思えた。こんなちっちゃい子供に精神的に助けて貰ってるなんて、なんだかちょっと情けない気もするけど。だけど多分、こんなにちっちゃい子供だから、助けられてるんだろうなとも思う。

特別子供好きって言うわけじゃなかったけど、だけど勝己くんと一緒にいる時間は、とても楽しかった。思い出したくない事を、思い出さずにいられたから。


そして勝己くんが隣のあの家に来てくれるようになってから、私はおばあちゃん達のお家には帰らずに、両親の家だけで過ごすようになった。おじいちゃんとおばあちゃんが両親の家に来れない日には、勝己くんのご両親が私を家に招いてくれた。

私は迷惑ばっかりかけてる引け目があったけど。でも寧ろ、おじいちゃんとおばあちゃんは私が両輪の家にいる事で勝己くんと遊べることを酷く喜んだし、だから両親の家で過ごすように勧めた。勝己くんのご両親も積極的に私と勝己くんが遊ぶように促したし、私が勝己くんの家にお泊りに行くと大はしゃぎして喜んでくれた。






そんな勝己くんの『個性』が発現したのは、その年の夏。
一緒に駄菓子屋さんに行った帰り道だった。


私がこの場所に来て、父と母が亡くなった日から数か月。
幼稚園の休みの休日。ミンミンと蝉の音が鳴り響く、青空の下。二人で分けたパピコを食べながら歩いていた時に、突然通りがかりにあった一軒家で飼われているおっきい犬が、柵越しにわんわん!と盛大に吼えた。それに二人で「わっ」と吃驚して声を上げたその、直後。

BOM!

「うわ?!」
「ひえっ」

犬に吼えられた事よりも、ずっと吃驚した。
犬に吼えられたその直後、突然勝己くんのパピコを持っていた手が爆発したのだ。それに数秒呆けて。だけど直ぐにはっとして、煙を上げる勝己くんの両手首を取る。全身から嫌な汗が噴き出して、ドッドッドッ、と心臓が煩いくらいに鳴った。

「だ、だいじょうぶ?!怪我してない!!?痛い所は?!」
「え。や・・な、なんも、ない。」

そんな訳ない。爆発の衝撃で地面に落としたパピコは、当然のように破裂したみたいに焼け焦げて、熱ででろっと容器が溶けてしまっている。中身も熱で溶けたのか、べちゃべちゃと溶けて開いた容器の穴から地面に染みを広げていく。しゅぅぅ・・・と引いて行く煙に、掌の惨状を想像してジワリと涙が浮かぶ。けど、

「・・・あ、れ?」

なんとも、ない。煙が引いて見えた勝己くんの手の平は、何処も怪我なんてしてなかった。確かに、爆発したのに。パピコの方は大惨事だったのに。それに訳が分からなくて、だけど数分前と変わらずすべすべと柔らかな、傷一つない手の平をすりと撫でる。全然、訳は、わからない、けど、

「よか、った。」

へた、と。安心したら身体から力が抜けて、そのまま地面にへたり込んだ。それに「だ、大丈夫か?」って、勝己くんまで不安そうに一緒に屈む。よしよし。慰めるみたいに私の頭をなでる勝己くんは、私の頭をなでるのとは逆の手をぐーぱーさせて、ぱちりと大きい目を瞬かせた。。

「今の、俺の個性なんかな。」
「個性・・・あ、そっか。うん・・・うん、そうだね。きっと、そうだね。」

考えれば、それしかなかった。それでもそれだと咄嗟に思い浮かばなかったのは、それが私の『知識』にも『常識』にも無かったもので、まだそのこの場所での『当たり前』に順応しきれていないからに他ならない。


この世界には、『個性』と呼ばれるものがある。
それは、超常的な力。この世界の人の殆どが持つと言われる、特異的な力。

火を出す人、水を出す人、獣の姿をした人、空を飛べる人、物を浮かせる人、ずっと水中で過ごす事が出来る人。本当に、沢山。そう言った個性を持たないで生まれる人も中に入るみたいだけれど、種類はどうあれ、この時代のこの世界では個性を持っていることが当たり前になってるらしい。

そしてその個性は親からの遺伝で決まる事が多いけれど、突然変異的に両親とは全く異なる個性を持って生まれる子供もいる。

勝己くんは、前者だった。
これはあの後でお家に帰ってから分かった事だったけど、勝己くんはお母さんの光己さんが持つグリセリンを分泌する力。お父さんの勝さんが持つ、酸化汗・・・手の平から発火、酸っぱい汗を出す個性。それを合わせた、汗腺からニトロみたいなものを分泌して、爆破する個性。それが勝己くんが持って生まれた個性だった。
「ごめんかっちゃん、今日は僕あっちで遊ぶよ。」

幼稚園の休み時間。
あれ?と思って部屋を見渡してみたら、勝己くんがいなかった。大体いつも私の手を引いてくれる勝己くんがひとりでいなくなっちゃう事は本当に少なくて、おトイレかな?とも思ったけど、なんとなく違うような気がして外に出た。そうしたら子供たちがきゃーきゃー遊んでる小さいグランドの片隅で、鉄棒で逆上がりをしてる勝己くんを見つけた。くるくる。地面に足を付けないで、何度も連続で逆上がりをする勝己くんは、この年代の子供たちの中ではかなり運動神経のいい子だと思う。だからクラスの中でも人気者の勝己くんがひとりで遊んでる光景は、少し前までは見た事の無いものだった。

・・・そんな光景が、少し前から増えた。

勝己くんの個性を、皆が誉めた。凄い凄いって誉めて、もてはやした。だけどその半面で、勝己くんが何気ない場所で孤立するようになった。それはあまり目立つような頻度じゃないし、虐められてるわけでもない。それでも勝己くんを慕う子供はいっぱいいて、なんでもない顔で一緒に遊んでることだってある。だから、気を付ければわかるってくらい。その理由は直ぐに分かったし、理解も出来たけど。

はあ。自然と漏れ出た溜息をしまって、ててっと勝己くんの方に駆けた。そうしたらそんな私に気付いたのか、勝己くんが私に視線を向けて地面に降りた。そうして近付く私を見て「」と、私の名前を呼ぼうとした、直後。「っ!」と、焦ったみたいに勝己くんが叫んで、私の顔の横に掌を伸ばした。それに何かと思うよりも先に、耳元でBOM!と大きい音を立てて小さい爆発が起こる。あんまりに突然なそれに「わっ?!」って驚いて悲鳴を上げたら、その瞬間に勝己くんが傷付いたような顔をしたのに気付いた。そして、

「ッ、ご、ごめん!」

ぱっ、と。私の顔のすぐ横にあった掌を背中に隠して、うつむいた。それは勝己くんには珍しい行動のように思えた。いつも自信満々で、それでいて悪いと思った事はしない子だから。やましい事なんてしてないっていつも堂々としてる勝己くんの、まるで後ろめたい事をしてしまったみたいな仕草。それにどうしたんだろうと思ってる内にも、勝己くんは焦ったみたいに視線を地面に落としたまま彷徨わせて、早口に言う。

「お、おれ、ごめん・・・ケガさせようとしたんじゃないんだ!ただ、ただおれっ」
「勝己くん。落ち着いて、大丈夫。大丈夫だよ。」

そんな様子を見て、この勝己くんの怯えように合点がいった。その理由が分かったら、ただただ申し訳なく思う。しゅんと項垂れちゃった勝己くんを横目に、ちらり。私のすぐ横に落ちる、それを見る。それに気付けば、勝己くんの行動の理由も、一緒に分かる。分かったから、勝己くんに安心してもらえるような笑顔を作る。

「おっきい声出してごめんね。怖かったんじゃなくて、吃驚したの。蜂がいたから、助けてくれたんだよね?だからほら、怪我なんてしてないよ。助けてくれてありがとう、勝己くん。」

私の横に落ちていたのは、スズメバチの死骸。しゅううと煙が上がるそれは、勝己くんの爆発によるもの。勝己くんは、スズメバチが私を刺そうとしたのを、助けてくれるための物だった。だったのに、私が急な音に驚いて悲鳴を上げちゃったから、怖がらせたと思ったんだと思う。ぎゅう、と。唇を噛み締める勝己くんの腕を擦って、背中に隠されたままの両手を両手でそっと握って前に出す。唇と同じように固く拳の握られたその手の甲をすり、と撫でて、笑う。そんな私の顔にゆるゆると視線を上げた勝己くんは、泣き出しそうな顔で私を見た。

「・・・はさ、怖くねえの?」
「え、なに?なにを?」
「俺、だってばくはつするじゃん。怪我させるかも。」

言われた言葉に、少しだけ、眼を見開いた。だけどすぐに微笑んだ。何でもない顔を作った。怖がってる、なんて顔は作らない。実際、勝己くんの事を怖いなんて思った事はなかったけど。そんな私の目の前で、勝己くんは、不安そうな顔をしてた。こんな顔、たった数か月一緒にいただけど、それでもほとんど毎日一緒に過ごして、始めてみた。こんなに自信が無さそうに揺れる眼をみたのは、初めてだった。

「怪我はなあ、うーん・・・痛いのはいやだなあ。」

聞かれた言葉にそう言えば、勝己くんは目に見えてしゅんと眉を下げてしまった。そんな顔をさせるつもりはなかったから、直ぐに掴んでいた両手を私の胸の前に合わせて持っていく。勝己くんの両手を、私の両手で合わせてぎゅっと握って、「だからさ、」とにこっと笑む。

「いっぱい練習して、怪我をさせないようにしようよ。そうしたら大丈夫。ね?」
「・・・でも、せんせーは、あんま使うなって・・・」
「それは違うよ。危ないから、いっぱい使わないといけないんだよ。」

・・・いつも元気にしてたから、気付いてないんだと思ってた。だけど子供は、思った以上に、ちゃんと状況を理解できる生き物だったんだって、此処で初めて知った。

勝己くんには多分、聞こえてた。勝己くんの個性は、簡単に人を傷付ける事が出来る個性。子供はそれをきっとすごいとはしゃぐけど、大人はそうじゃない。勝己くんって大人しい子なの?危ないからあんまり近付いたら駄目だよ。別の子と遊んだら?自分の子供を思ってるからこその言葉。だけど子供は、全部その通りに受け取って、言葉はそのまま当事者にぶつけられてしまう。

そして、先生の言葉。危ないからあんまり使ったらだめだよって、勝己くんに告げたその言葉。多分その言葉は、凄い個性だって皆に褒めてもらって、きっと凄い力なんだって思ったこの子の心を傷つけたんだと思う。

「人が沢山いる所で使うのは、危ないよ。だけど、人がいない場所でなら使ったって大丈夫でしょ?人がいない、火事にならない場所。バケツにお水を汲んで、大人の人もいてくれたら安心だよね。」

先生の言いたい事も分かる。まるっきり間違ってる事を言ってるとも思わない。親御さんから預かってる大切な子供たち。先生にはその子供たちを守る責任がある。子供が誰かに怪我をさせれば、絶対にどっちも傷付く。傷付けられた方も、傷付けた方も。だけど先生だって、付きっきりでみんなの事を見てる事なんてできない。だから、不用意にばんばん力を使ったらだめだよって先生がそう指導するのは、当然の事。だけど、子供にはそこまでの事は、分からない。だから勝己くんは、君の力は危ないから使うな。そういう風に言われたって、そう思ったんだと思う。

「ね、勝己くん。危ないって思う力なら、いっぱい練習しなくちゃだめだよ。いっぱい練習して、失敗しないようにするの。上手に使えるようになって、失敗しなくなったら、誰も危ないなんて言わないよ。」

帰ったら、勝己くんの個性の練習が出来ないか光己さんに聞いてみよう。私がちゃんと見てるつもりだけど、いざっていう時に子供の身体だと頼りにならないかもしれない。勝己くんの個性は言ってしまえば火だから、失敗して火事とかになったら大変。それに勝さんの経験上、自分が起こした爆発で怪我をしたことはないって事だったけど、本当に勝己くんが怪我をしないのかも心配だし。

今は意識しなくても吃驚した時とかに勝手に爆発が起こっちゃうけど、慣れてきたらきっとそんな事はなくなると思う。勝己くんが自分の個性を完璧に扱えるようになれば、事故を起こす事も、怪我をする事も、怪我をさせる事だってなくなる。そうすれば皆安心出来る。

「勝己くんの力は、怖い力じゃないよ。凄い力だって、私は思う。今だって勝己くん、私の事助けてくれたでしょ?勝己くんのお蔭で私、怪我しなかったんだよ。そういう、優しい事に仕える力だよ。だからその凄い力を、皆に凄いって言って貰えるような力にしようよ。」

本当に、そう思う。個性って言う力は、ここに来る前じゃ考えられない力だけど。始めてみた時は吃驚したし、怖かったけど。それでも本当に、凄い力だって思ってる。勝己くんの力だって、使い方を間違えたら危ない力かもしれないけど、正しく使えば今みたいに人を助けられる。この個性を生かしたお仕事だってきっとある。そしてなにより個性の事よりも、ちょっと乱暴なところはあるけど、それでもこんなに優しい子供が、自分の力が怖い力なんだって思いこんで寂しい思いをする事がいや。

大人の人たちの言葉だって、きっと勝己くんを気付付けつための言葉じゃなかったのに。自分の子供を守りたい。子供たちに怪我をさせたくない。子供たちに怪我をさせてほしくないって言うだけの気持ちの言葉。だけど勝己くんは幼稚園の人気者で、親のいう事よりも遊びたいって気持ちを優先させる子供だって沢山いる。その子供を説得する為に、強い言葉を使った大人もきっと、傷んだと思う。それが勝己くん本人を傷つける事になるなんて、きっと誰も思ってなかったんだと思う。本人のいない場所で、勝己くんを傷付けるつもりなんてなかった、自分の子供を守る為だめに伝えた言葉だった筈だから。

だから私が、それに気付いた私が、変えられるものなら変えてあげたい。自分の力に自信を持てるようにしてあげたい。自分の力はこういう個性なんだって胸を張って、誰かを助ける為にその力を使えるようになって欲しい。そんな思いを込めていった私の言葉に勝己くんはしばらくじっとしてたけど、数秒後。

「・・・・・・・・・ん。」

こくり。噛み締めたままの唇を震わせて、頷いた。勝己くんは俯いて、ゆっくりと握りしめてた拳の力を抜いていった。そんな勝己くんの泣き出しそうな顔と、震える声。それを真正面で見つめて、私もちょっとだけ、唇をかみしめた。

かっちゃんだってらんぼうものだから。ママにかっちゃんと遊ぶなって言われた。ばくはつでケガしたくない。

面と向かって言う子もいれば、本人のいない所でひっそりと話す子供もいた。きっとそれは、子供を勝己くんの爆発から守る為に言った、まさか勝己くん本人に伝わるとは思ってもいなかった、大人の言葉。そんな言葉を前に勝己くんは平気な顔をしてたけど、ほんとうはずっと、寂しかったんだろう。

おおきい目にいっぱいの涙をためて、だけどそれを零さないように必死にこらえてる。そんな勝己くんの握られた拳の中に、自分の手の平を入れる。お互いの短い指と短い指を絡ませ合って、目いっぱいの笑顔を作る。大丈夫だよ。怖くないよ。そういう気持ちが、少しでもこの子に伝わればいい。そうして、

「やる事ないならさ、」

勝己くんを探して、見つけた時。真っ先に伝えたいと思った。ひとりぼっちで寂しくてどうしようもなかった私にかけてくれた、魔法の言葉。君が私にくれた言葉を、今度は私が、君に。

「私と一緒にあそぼーよ!」

ぼろり。大きな雫が、一粒落ちた。私と絡めた右の手の平に一度ぎゅっと力を込めた勝己くんは、逆の手でその涙をぐしぐしと拭う。そうしてぎゅっと閉じられた唇が、だけどゆるゆると開いて、「うん、っ」と、絞り出すように震えた音を出した。そんな勝己くんの事をぎゅっと抱きしめて、背中をぽんぽん叩く。勝己くんはぎゅっと私の服を握って、「ありがと、」と。そういって、ようやく小さく笑ってくれた。






子供も大人も、結構単純。
最初は過剰に心配をしても、その後何にも起こらなかったら、なんだか大丈夫そうかな?って思うようになる。そうしてそういう風に思えてしまえば、直ぐにほとぼりが冷めて、表面上は元通り。その上で、勝己くんの手をしっかりと握って、それでも無傷でずっと遊んでる私がいれば、他の子どもも大人も、大丈夫だろうっ皆安心する。

勝己くんの周りにはまたお友達が戻ってきて、休み時間に勝己くんが一人でいる事はなくなって行った。
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