諦念はすぐに覆される
「シャル。団長から連絡は?」

ヨルビアン大陸某所の美術館の正面広場。開館50周年だとかで1週間限定で無料で公開されているその美術館の前。この美術館に来た理由は・・・まぁ、いつも通りなわけだけど。盗みたい物の量が結構あるから来れる奴等は、って事だったんだけど、指定の時間の3分前に団長から電話がかかってきた。それでつい今まで団長と話してたたんだけど・・・そのケータイを閉じて、途端に聞かれた言葉に肩を竦めた。

「あぁ、うん。空港に着いたは着いたけど、もう間に合わないからアジトに行くって。」
「しっかし団長も運悪ぃな。嵐で飛行船動かなくなるとかそうそうねぇだろ。」

「ほんとにねー」返しながら、心の中でもまた失笑しながら同意する。・・・団長からの連絡は、さっき切ったのも合わせて2回。今まで何処にいたのかは知らないけど、少なくともヨルビアン大陸じゃない何処かにいた団長は、もともと昨日の内にはこっちに来てる筈だった。だけど偶々。そう、偶々。昨日から続く大嵐で飛行船が飛べなくて、それが分かった時点で連絡は来てた。嵐で飛行船が飛ばないからそっちに行けない。最悪時間までに間に合わないかもしれないから、その時はお前らだけで結構しろ〜ってね。・・・結局間に合わなかったわけだ。
思ってから、よし。ぱん、と手の平を合わせて、それに視線を向けた皆に言う。「よし、」

「それじゃぁまだちょっと早いけど、全員揃ってるしとっとと始めちゃいましょうか!」
あらかたこの美術品の物をシズクが回収した頃。そろそろ帰ろうと、偶々合流したウボォーとフェイタン、それからマチとの4人で美術館の中を出口に向かって歩いていた時。不意に、ガラ、って音が聞こえた。それに「ん?」って振り返れば、此処に入って直ぐにウボォーが吹っ飛ばして大穴が開いてる壁の瓦礫が僅かに崩れてた。

それに何かと思ってたら、その山の中からまたガラッとさっきよりも大きい音を立てて腕が出てきた。それになんかこんなホラー映画ありそうだな、なんて考えてると「ぅ、・・・おもい・・・」なんて・・・何か割と余裕そうな声が聞こえてきた。普通さ・・・普通さぁ、こういう時は何かもっとこう・・・呻き声的な声じゃないの?痛いとか助けてとかさ。お、重いって・・・

一体どんな奴だろうと思ってその様子をジッと観察していれば、その瓦礫の山からようやくって言った感じに這い出てきたのは、女の子だった。10代半ばか、もうちょっと若いくらいの。うつ伏せに這い出てきたから顔は見えないけど、取り敢えず腕はほっそいな。

っと。それを聞き咎めたのか、フェイタンが「しぶといね。まだ生き残りいるか。」って言うなり、すたすた女の子の元に歩いて行く。そんなフェイタンを見送る俺の横で、不意に「ん?」ってウボォーが声を上げた。それに何かと思って顔を向ければ、珍しい思案顔で顎に手を当てて首を捻ってる。でも、その数秒後。あぁーッ!!うるさっ!!

「待て待て!!待て、殺すな!!」
「何?アンタの知り合いなの?」

言うなり叫んであの女の子の方に駆けて行ったウボォーにマチが声をかけたけど、ウボォーの返答は「あ?あぁ、多分な」ってあんまいな感じだ。それにどういう事だろうって思いながら女の子の方をまた見てみたけど、今はもうウボォーの巨体に隠れて見えなくなってた。でも、正直ウボォーの知り合いって言うにはあんまりにも非力そうって言うか・・・よ、弱そうだったな。それも、物凄く。普通の一般人にしても、弱そう。とてつもなく。
そんな俺の思考の外で、ウボォーはあの子の正面に立ってたフェイタンを押しのけるとあの子の前で屈み込んだ。

「おー。・・・おぉ!マジであの時のガキじゃねェか!!」
「・・・?おじさん、だれ?」
「うおっ?!まだ喋る元気あんのか、すげーな!!」

声は最初だけ掠れたように聞こえたけど、それすら気の所為じゃないかってくらいに続けられた声は普通のものだった。少し見ただけでも相当ボロボロだったように見えたから、その声にウボォーが驚くのも無理はない。例えばその子が念能力者で、服にはダメージはあるけど身体は無事、とかって言うならまだ分かるけど・・・あの子は精孔の閉じたオーラダダ漏れのただの一般人だ。だからこそ、驚いた。驚いて、一体どんな子なのかと気になって、ウボォーとその子の会話を聞きながらそっちに足を進めた。

「アレだあれ。覚えてるか?去年ザバン市の肉屋で10ジェニー借りただろ?」
「10円?うーん・・・・・・・・・ごめん、覚えてないなぁ。おじさんの勘違いじゃないの?」

ウボォーの横からその声の主を覗きこんだ時。女の子はのんびりとした口調でそう告げてから、足の上に重くのしかかっていた瓦礫を退けた。そんなこの子の発した『10エン』っていう言葉に瞬いて、だけどそれ以上にこの子の様子に眉を寄せてしまった。これだけボロボロのボロ雑巾みたいになってるのに、割と元気そうに動いてるこの子が解せない。

多分ウボォーが此処の壁を吹っ飛ばしたのに巻き込まれたんだろうこの子は身体中傷だらけの血だらけで、このフロアにいた人間がもれなく死んでる所を見ると、結構重症な筈だけど・・・それに足だけ見たって相当重い瓦礫に潰されてたみたいだし、普通に立てるような状態じゃない筈だ。なのに、それでもこの子は結構平気で立ち上がって身体の埃を払ってる。ギリギリの所で致命傷を外しているのかもしれないけど、それにしたって常人が意識を保ってるだけでも奇跡的だ。・・・・・・あぁいや、訂正。これだけの怪我をして意識を失えないなんて、この子にとってしてみれば結構最悪な不運だろう。

痛覚がないのかな?だから痛みのショックで倒れる事もないとか?いや、でも痛みは感じてる風なんだよな、この子。それに、精孔の閉じてるオーラダダ漏れの一般人。なのに、なんだろう。物凄く。そう、視線を向けるのも嫌になるくらい、・・・気持ち悪い。

気持ち悪い。そう自覚してしまえば、本当にこの子が得体の知れないものに感じられて、思わず顔を歪めてしまった。そんな俺に、ぐりん。今までウボォーと話していた女の子が俺の方に目を向けた。瞬間。「ッ、」物凄く、嫌な感じがした。なにか、直視するのも気持ち悪いくらいの悪寒。薄気味悪い、今すぐこの子と関わった事実を自分の黒歴史として抹消したくなるような、そんな、感覚。今まで感じた事もないような、異様なこの未知の感覚に、知らず知らずの内に1歩後退していた。

別に見た目が変とかそういう事じゃない。長い事こっちの道で生きていれば、それこそ人間とは思えないような気色悪い外見の奴なんてごまんといる。でもあの子は外見は何処にでもいる普通の女の子だし、まぁ普通に可愛い。だけどそんな可愛いなんて言葉を使うとその言葉に失礼なくらいに気持ち悪い。不気味。あの子のオーラも、あの子の雰囲気も、あの子自身も。

それを思った俺に、この子は気付いているのか、いないのか。分からないけど。1度俺に笑って、でもウボォーが再び言葉を発した事に視線を俺からウボォーに戻した。

「いーや、お前だね。お前みたいな気持ち悪い奴そうそういねェ!絶対お前だ。去年飯代10ジェニー足りなくてよ、店ん中で貸してくれーっつったら、お前だけが貸してくれたじゃねェか。あの肉屋だよ!ステーキのやたらうまい店!」
「ステーキ・・・・・・あ、・・・あぁ、うん、いたね、そんな人。見てるだけで胃もたれしそうな位、やたらいっぱい食べる人。」

ようやく思い出した、とばかりに手を打った女の子に、ウボォーは「やっぱりお前じゃねェか!」って豪快に笑う。・・・そんなウボォーの神経を疑った。何をどうすれば、こんな気持ち悪い子に対してこんなに笑えるんだろう、って。俺なら絶対愛想笑いしか出来ない。・・・ほら。横でフェイタンもすっごい不快そうな顔してんじゃん。
そんな事を考えている俺の傍ら。またウボォーが俺が考え付きもしなかった事を言い出した。

「あの時助けてもらった恩返しだ。仇も返しちまったしな、取り敢えず助けてやるよ。で、その後で何か欲しいもん考えとけ。」
「えぇー・・・?おじさん犯罪者の危ない大人の臭いするしなー、大丈夫かなあ。」
「がっはっはっはっは!!お前其処は素直に命乞いする所だろーが、マジで面白ェ奴だな!!」

ウボォーは笑ったけど、正直、笑える所じゃないでしょ。どう考えたっておかしいって、この子。いやだなあ、ウボォー、連れて帰る気満々だよ。・・・いや、まぁ・・・俺には関係ないから、いっか。もういいや、どうでも。思って、やれやれと肩を竦める。こうと決めたから変えないからなあ、ウボォーは。

「取り敢えずアレだ。お前痛いだろ?気ぃ失わせといてやるからよ、ゆっくり寝とけや。」
「いやぁ、それ寝るって言わないよね。」
「おいマチー!俺そういうこまごましたの苦手だからよ、コイツに手刀入れてやってくれよ。」
「まぁ、アタシは構わないけど・・・持って帰るんなら世話はアンタがしなよ。」
「そういうなって!な、頼むぜ。」

突然話を振られたマチは嫌そうにしたけど、でも直ぐに自分には関係ないってスタンスを取って女の子の方へ向かう。そんな2人に女の子は「私ってペットか何かみたいな扱いなの?」って首を傾げたけど、それにまたウボォーは至極不思議そうに返す。

「ペット?いやー、ペットならもっと愛嬌あるだろ。」

全く失礼極まりない良いようだけど、「全く持ってその通りだね」。俺の思考と全く被った声が被さって、それが無意味にいや〜な。あの子の言葉と自分の思考が重なったと言う事実が非常に許し難い事だと思えた自分に首を傾げた。時。呆気ないくらいあっさりマチに手刀を入れられて地面を伏した女の子にまた、肩を竦めた。
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