この世界に賽はいらない
もっしゃもっしゃ。さっきコンビニで30本270円のうまい棒を一本食べながら、残りをコンビニ袋にぶら下げて雨上がりの住宅街をのんびり歩く。1本10円だと思ってたうまい棒が9円で売ってたから思わずラッキーって買ったけど・・・その後自販機でジュースを買ったおつりの80円落としちゃったから、プラスマイナスゼロどころか寧ろマイナスになった。全く私ってつくづくこうだよね!

思いながら、出来た水溜りをわざと踏んでばちゃばちゃ歩く。ぶらぶら揺らしたコンビニ袋がガサガサ音を立てて、その音が住宅街特有の人の音とまじりあう。その音をぼんやり聞きながら歩いていると、不意にガサッ、と。結構近くにあった木が音を立てて、それに何かと思えば、真っ黒い鴉が空を横切って、道を挟んだ反対の家の屋根の方に消えて行った。それを見送って、ふ、と。瞬きをした。して、

「・・・・・・・・・ん?」

ぱちぱち。瞬いて、きょろきょろと辺りを見渡して見た。見れば、ついたった今、瞬きの前までにいた場所とは全く違う景色。閑静な、少し湿った住宅街。狭い道路に、子供に子供を叱る親に虫の声。そして靴の下には固いアスファルトがあった・・・筈。いや、あった。確かにあった。それが、・・・「ん?」

見渡す限りのゴミの山。高い場所では家1軒分の高さか、それ以上にまで積み上げられたあらゆるゴミというゴミが打ち捨てられてる場所。すん、と鼻で息を吸うどころか、普通に口で息を吸うだけでも鼻がよじれるような酷い腐敗臭のような、よく分からない臭い。靴の下にはボコボコしたゴミ。

私に人の気配を察知する能力とかそんなのは勿論無いけど、耳をすませばパキパキとかバキッとか、このゴミ山を踏めばまあ鳴るだろうなって音が聞こえて来るから、多分結構人はいる筈。いる筈なのに、シンと静まりかえった場所。きっと閑古鳥が鳴くって言うのはこういう事を言うんだろうな。そんな見渡す限り広大なこの場所で、私は辺り一面にあるゴミ山の中でも結構高い山の上に何故かぽつんと突っ立っていた。・・・・・・・・・、

もしゃ。がさりとぶら下がったコンビニ袋が音を鳴らして、飲み込んだコンポタ味が喉を乾かした。
「おーい。誰か10ジェニー貸してくれねェか?」

ザバン市の片隅にある精肉店。その裏にあるこの精肉店直営の小さい定食屋で、ついさっきまで何十枚も積み重なった大皿にどっしりと乗っていた分厚いステーキ肉を平らげて、いざ会計という時。普段持ち歩かねェ財布を、だがこの店に来る為に用意したがいいが、10ジェニー足りなかった。仕方なく店内にいる客の奴等にそう声をかけたが・・・「おい、誰かいねェのかよ?」あー・・・
段々イラついて来たな。大体こんな肉屋に憎くいに来る余裕ある奴らなんだからよ、10ジェニー位いいじゃねェか。

つーかもう客から適当にかっぱらっちまうか・・・あーいや、ダメだ。此処で殺すとこの店来れなくなる。気に入ってんだよなーこの店。あーくっそ、面倒臭くなってきた。チッ。盛大に舌打ちをすれば、目の前の店員がおずおずと俺に声を毛陽として、

「ねえ。」

目の前の店員からじゃなく、後ろから腰辺りをつつかれるような感覚と共に声がかけられた。それに振り返ってみれば、俺の胸より低い位置に見える旋毛。みた感じ若い・・・っつーかガキの女で、ソイツは何故か自分の顔の位置にまで緩く握られた拳を俺に掲げている。その様子に1歩下がって今度はコイツの顔を見てみれば、ゾワリという嫌な悪寒。別段殺気を向けられているわけでもないのい感じるこの不快感は明らかにこの餓鬼から発せられているが、悪意が全くない上にオーラも垂れ流しの完全な一般人みてェだから気にせずに1度瞬く。瞬いて、だが掲げられていた手に俺自身の手を差し出してみれば、ガキはその俺の手の平の上に自身の拳の中にあったものを落とした。

「はい。」

言葉と共にガキの手が離されれば、俺の手に乗る10ジェニー硬貨。その意外な物に僅かに驚いて、だが直ぐに「お、ありがとな!」とその硬貨をレジの店員に渡した。      ほんの一瞬。この餓鬼の頭を撫でようとした手は、何故か戸惑う事無くそれを止めていた。






「悪ぃな。貸してくれっつったが、基本的に俺、金は持ちあるかねェんだ。ただあの店は美味ぇからよ、あそこに行く時だけ飯代持ってくんだが・・・足りなくなったのは初めてだったな。お前、ここら辺に住んでる奴か?」

あの後。とっとと店を出ていこうとしたあの餓鬼を呼びとめて、近くの広場のベンチで隣に座って会話をする。だが、隣り合って座るには僅かに遠いこの距離感は、俺が作ったものだった。チラリ。横目にこの餓鬼を見てみれば、やっぱりどう考えても薄気味悪い悪寒を感じる。・・・なにが、ってわけじゃねえ。別にこの餓鬼の見てくれだとか、服だとか、言動が悪いってわけじゃねェ。本当に、何処にでもいるような普通のガキで、間ぁちょっと見慣れねェ服は着てるがそれだって特別奇抜ってわけじゃねえ。なのに、気持ち悪い。思えば、す、と自然とコイツから視線を逸らしていた。
そんな俺に気付いてんのか気付いてねェのかは知らねえが、この餓鬼は真っ直ぐ前を向いたまま僅かに笑んで言う。

「ううん。今日はたまたま来ただけで、もう出て行くよ。」
「そうなのか?あー・・・じゃぁ返せねェな。」

がしがしと頭を掻けば、ベンチに腰掛けたままぶらぶらと足を揺らすガキは「いいよ、10ジェニーくらい。」と言うが、そう言うわけにもいかねェ。「いや、俺もあの時10ジェニーくれって言っときゃよかったんだがよ。でも貸してくれって言った手前、返しときてェんだよ。」テメェの言った事には責任を持っておきてェ。そう伝えれば、「おとこぎってやつだね!」なんて訳の分からない事を言われたから適当に「あん?あー・・・いや、そうなのか?まぁいいか。」と返事を返しておいた。あ〜・・・

「じゃぁアレだ。今度また何かの縁で会った時、そん時になんかしらの形で恩返しするわ。」

正直。そんな縁があるとも思えなかったが、それでももう1度コイツと会ったとして。俺はコイツの事を絶対に思い出すだろうと直感していた。こんな薄気味悪いガキ、例えその直前まで忘れていたって、会えばすぐに思い出す。そん時に、なんかを返せばいい。思って告げた言葉に、ようやくこの餓鬼が俺を見た。真っ直ぐに俺を見つめて、俺もまたこの餓鬼に視線を戻して、

「うん。じゃぁ、おじさんのその悪運を楽しみにしてるね。」

ぐりん。ようやく俺を向いたこの餓鬼の眼の中を覗いて、即座に後悔した。みなけりゃよかった。滅茶苦茶気持ち悪ぃ。思った事をそのまま「お前・・・なんか気持ち悪ぃな」と告げれば、「あはは」なんてさも愉快気に笑うもんだからさっぱりわけが分からねえ。それきりあの餓鬼はとっととどっかに行っちまったが、俺は暫くそこに座っていた。

・・・あぁ、確かに。あんなもんと出会っちまう事は、それだけで悪運かもしれねえな。別に何を言われた訳でもされたわけでもない。寧ろ親切にされたってのにこんな感想を抱いちまう。それがまた輪をかけて気持ちが悪い。兎に角そんな気持ち悪いガキを頭の中からとっとと追い払っちまおうと、早足にアジトへ歩きだした。
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