時はきみを救わないよ
「それじゃあまた明日、学校終わったらね。」
「うん、また明日。」

駅までカルマを見送って、そこで明日の約束をしてからばいばいと手を振って帰路を歩く。
夜ご飯はさっきマックで食べたけど、冷蔵庫の中は大丈夫だったかな・・・でも今19時過ぎかぁ・・・これから買い物行くのも面倒くさいし、コンビニで食パンだけ買って、明日の朝は卵焼いて粉末スープでも飲めばいいや。そう結論を付けてから、通り道にあるコンビニに入って食パンと、あとついでに新発売って書いてある炭酸飲料も買う。

がさ、がさ。音をさせながらレジ袋を右手にぶら下げて歩く事十数分。ようやく見えたアパートの外階段を上る。3階建て9世帯のアパートの、三階303号室。お隣の302号室の人は先月、下の階の203号室の人は半年前に引っ越したきり空き家になってるから、気持ち生活音を気にせず気楽に過ごしてる。

2LDKのこの部屋はファミリー向けの賃貸だから1人暮らしには大分広すぎるくらいだけど、綱吉さんからのご厚意だとありがたく使わせて貰ってる。

沢田綱吉さん。
私の遠い親戚にあたる人。20代後半のその人は、私の両親の代りに今、私の生活の一切合財全ての面倒を見てくれてる。生活費や学費の他、遊ぶ為のお小遣い。今はイタリアで生活していて、最後に会ったのももう数年前になる。だけど定期的に連絡をくれる、大変優しくて、大変親切な人。

そして、イタリアンマフィアの、ボス。

両親については、詳しくは分からない。おぼろげな記憶があるような気もするけど、物心ついた時には中々帰国できない綱吉さんの代りに、直ぐご近所に住んでる幼馴染のご家族の人に面倒を見て貰ってた。だからその時には既に私の両親はいなかったことになる。

だけど何となく、マフィアのあれこれで死んじゃったんじゃないかな、とは思ってる。だからきっと全然近くじゃない親戚の綱吉さんが私の面倒を見てるんだろうな、と。聞いたことも聞かされたことも無いけど、何となく。その上私には兄弟もいないから、帰る家には誰もいない。筈。なん、だ、よ、なあ。

思って、303号室の扉の前で逡巡する。

「・・・」

ぴり、と。足元から頭のてっぺんまで、静電気が走ったような感覚がある。勿論それはただの比喩表現で、実際にはそんな事はない。だけどピリピリと肌を刺すこの感じは、時々感じる『嫌な予感』というものだ。

カルマと遊んだ帰り、随分前に別れて帰路を歩いている最中。じわじわと感じる嫌な感じは、自宅に近付けば近付くほど強くなっていった。さらに言うなら、今日、朝起きた時からこの『嫌な予感』はあった。そして私の感は、残念な事に極めて高い確率で当たる。そうしていつもよりも遅い速度で歩いた帰路の最後。外から見上げた303号室の部屋の電気は、煌々と光っていた。

勿論電気の消し忘れって言う事は、あるかもしれない。だけど電気ガス鍵はいつも出かける前にちゃんと確認してるし、これまで私がそれを忘れた事は無かった。それを今日偶々と思うには、嫌な予感があまりにも強すぎる。

いやだなあ。
思ってはみても此処は私の家で、私の帰る場所は此処しかない。引き返してカルマか別の友達の家に泊めて貰うにしても、結局それは問題を先延ばしにしてるだけで何の解決にもならないって事も分かってる。ともすればジクジクと痛みだしそうな頭に一度手を当てて深く長い溜息を吐きだしてから、えーいままよといよいよカードキーで鍵を開けてドアを開けた。

電気は、やっぱりついてた。玄関の足元を見れば、見慣れない革靴がきちんと揃えておいてある。男性物のそれは、大きい。ぱっとみでも上等な靴って感じがするから多分、大人物。それは、家にある筈のない物だ。耳を澄ませば、テレビの音も聞こえてくる。泥棒にしては、随分堂々とくつろいでいるその様子に怪訝に眉を顰めながら、傘立てに置いてある傘を1本とる。

どうせ鍵を開けた時にもドアを開けた時にも音が出たから無意味は無意味だけど、それでもと靴下を床に滑らせるように足音を殺してリビングへ行けば、私に背を向けるようにしてソファーに腰掛ける人が、ひとり。

「やぁ、おかえり。遅かったね、何をしていたんだい?」
「・・・こんばんは、ただいま。なにしてる、は、こっちの台詞なんですけど。」

本当に、こっちの台詞だ。
後姿だけを見ても見覚えはなかった。勿論、今向けられた悠然とした低い声にだって聞き覚えはない。だけど、どうしてだろう。こんなに穏やかな声なのに、冷や汗が止まらない。気休め程度に持ってきた傘を握り直して、平静を取り繕って、言う。

「どちら様ですか?この部屋は確かシェアハウスじゃなかった筈ですけど。」
「そうだね。僕もこの部屋がシェアハウスだとは聞いてない。」

そう言って、男はぷつりとテレビを消して立ち上がった。振り返った顔は記憶の棚をひっくり返したって一切出てこない、初対面の人だった。黒髪に、切れ長の目。清潔感のある、小奇麗な顔の、20代後半くらいのお兄さん。その人は私を見降ろしてしっとりとした笑みを浮かべて、いやにゆったりとした口調で、言葉を続ける。

「はじめまして、。僕の名前は、雲雀恭弥。」
「ひばり、きょうや。」
「そう。一度で覚えてね、馬鹿は嫌いなんだ。」

初対面であんまりな言い草だ。
それにしても、雲雀恭弥。聞き覚えも、ない。過去何度か見知らぬ他人が訪ねてきた事はあったけど、ここまで明確に非常にまずいぞ、って思うのは久しぶりな気がする。顔は変わらず楽しげに笑んでいるのに、壮絶な迫力があるのはどうしてなのか。その人はその表情のままに、やっぱりゆったりと、言う。

「さて、。」

言った、刹那。

ヒュッ
「っ?!」

凄まじい速度で顔面めがけて飛んできた何かに、咄嗟に横に飛び退いた。そうして雲雀恭弥と名乗ったその人から距離を取れば、ほんの一瞬でさっきまで私がいた位置付近まで移動したその人は、拳を握った右腕を真っ直ぐに掲げていた。

な、ぐ、ろうと、してた。

ひくり。気付けば、顔が引きつる。初対面で、ついさっき話したばっかりで、会話の途中だったのに。突然、しかもあの腕の位置、完全に私の顔を殴るつもりで、攻撃してきてた。

そんな私を至極楽しそうに見るその人。雲雀、さん、は。「あぁ、よかった。この程度なら避けられるんだね」なんて笑いながら、続けた。「さぁ、」

「テストの時間だよ、。一生懸命頑張って、僕を満足させる点数を取るんだよ。」



何言ってんだこの人。あまりにあまりな展開に、だけど私は一言だって言葉を発する事が出来なかった。う、嘘でしょ・・・
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