けれど幕は下りない
「あかばねかるま」


少し前よりも随分心地よく感じるようになった春の日差しの下。
白い息と一緒に吐き出した言葉に、「は?」と鮮やかな赤髪が振り返る。それににこっと笑んでから、「って。自己紹介、恥ずかしくない?」と問いかける。そうしたら目の前のその人は納得したように「あぁ」って呟いてから、呆れたように息を吐く。

「別に恥ずかしくないよ。猿に馬鹿にされてもハハって感じじゃね?」
「言うよね〜」
「まぁ確かに漢字も読みも無いとは思うけど。」
「あはは。」

高校入学前の最後の一日に、折角だから遊ぼうと誘ってきたのはカルマの方からだった。お昼前から映画を観てランチを食べてバッティングセンターに行って最後にゲームセンターで遊んだ、帰り道。楽しみなような面倒くさいような、だけどやっぱり自分で選んだ高校に通えるって事については嬉しい気持ちが強くて、なんとなく聞いた言葉だった

赤羽業。あかばねはそのまま、業でカルマ。キラキラはしてないこのキラキラネームを、だけどカルマはいつだったか気に入ってると笑ってた。

中学3年生の時に初めて話して、それからなんやかんやと仲良くなってあと少しで丸1年。今更そんな話題を出した理由はといえば、明日が入学式の日だからだ。高校の、入学式。入学式と言えば、お約束の自己紹介。私だったらそういう名前紹介するの恥ずかしいなあって気持ちで言えば、流石の返答に思わず笑う。

そんな私を気にした風もなく「そういうはどうなわけ?」なんて聞かれたから「んー?」って思わずとぼけてみたけど、直ぐに意地の悪い顔をして「高校、誰も知り合いいないだろ。友達出来んの?」なんて言われる。その意地悪な言葉に瞬いて。だけど次の瞬間にはあははと笑った。それに怪訝な目を向けてきたカルマにまた笑ってから、前を向く。

「作ろうと思って作れるものでもないし、気長にやるよ。」

言った私に、瞬いた。
ぱちくり。大きく見開かれたそれを、だけど直ぐにふっと細めたカルマは、間違いなく笑った。

「・・・やっぱ変わったよ、。」

珍しく邪の無い、嬉しそうな、ほっとしたような、そんな顔で。そんな顔で笑まれれば、私もまた自然と屈託なく笑えた。

カルマとは、高校は違う。さっきカルマが言った通り、中学の時の知り合いは誰も私と同じ学校へ進学しない。今までは友達のお父さんの好意で、その人が理事長を務めてる中学に通ってたけど、高校は自分で選んだ場所に進みたいって、大学部までエスカレーターで行ける学校から離れて外部の試験を受けた。

そこは中学のレベルよりは偏差値だけを見れば大分落ちる、普通の高校だった。一応中学は有名な進学校だったから、皆がどうしてって首を傾げたけど、私はそこを強く希望してた。そこがいいってずっと思ってた。

「それにさ、別に知り合い誰もいないわけじゃないよ。」
「?そーだっけ?」
「そうそう。ほら、会った事なかったっけ?自転車の、」
「・・・あぁ。アラキタさん?」
「それ。あの人並校だよ。」

同学年じゃないけど。同い年じゃないんだよなあ・・・。思って吐いた溜息は、もう白くはなかった。
桜が咲いたら1年生、何て昔は言っていたけど、今や桜も葉桜だ。

日々刻々と、色んな事が変わっていく。例え誰もが望まなくても、いい方にも、悪い方にも。それは誰にとってもって変化だったり、誰かにとっての変化だったり色々だけど。私も中学生の時の経験できっと色々な事が変わっていて、そうしてまたこれからの高校生活で、色々な事が始まっては終わり、また始まっては、変わっていく。
いやな事なら沢山ある。不安な事も数えきれない。だけど頑張るって決めたから、これから行く場所では精一杯普通の学生生活を送ろうと思う。

そう、ここまで何度も胸の内で繰り返した決意を再度改めて噛み締める。
・・・と。そんな私をじっと見つめていたカルマに気付いて「なーに?」と聞けば、「べっつに」って言ってから、だけど「あ」と。ふと思い出したように続けた。「そういや、。」

ってどこの高校行くんだっけ?」

問われた言葉に、口端を上げた。
私が自分で選んだ、進路の希望。きっと褒められるような理由じゃない理由だったけど、それでも頑張って来なさいと背中を押してくれた先生がいる。その学校は、飛び出た所も引っ込んだところもあまりない。平々凡々、普通に普通の公立校。私が私の人生で一番望む、もの。

「並盛高校。」



私は10代続くイタリアンマフィアのボスの血を引く、いずれ11代目にさせられる子供。         打診は、まだない。
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