マイナス飛行の夜明け
「ぼさっとしてんじゃねェ。とっとと立てよ、お嬢さん?」

言われた言葉に視線を持ち上げれば、その頭上にある酷く下卑た笑み。その酷い顔にへらりと笑みを返し、じゃらじゃらと手首から伸びる鎖を鳴らして「よっこいしょ」と立ち上がる。

もう随分と前から話としてなら聞いていた人間屋(ヒューマンショップ)。つまり人身売買屋の事だけど、その中の"商品"置き場である鉄格子の中で目が覚めたのは、多分30分くらい前の事。家にある食料が殆ど尽きて、滅多に降りない街に降りたのは夕方頃。それからちょっと人気のない道に引きずり込まれたと思ったら後頭部に衝撃を受けて、ブラックアウト。で、目が覚めてみれば、首にはいかにも外すと爆発しますよ!って感じの大きい錠と、両手を繋ぐ手錠。じゃらり、じゃらり。少し動く度に音を鳴らすそれは、手の方は普通だけど首の枷から繋がる鎖はやたらと太くて大きい。

この鉄格子と冷たい石の壁だけの場所には時計も窓もないから、今がどのくらいの時間かも全く分からない。だから後頭部に出来てるタンコブを撫でたり、無意味に手錠を鳴らしたりして遊んでたけど、いよいよ私の番が来たらしい。首の鎖をグイって遠慮なく引っ張るおじさんに連れられながらぼんやりタンコブを撫でていれば、ステージみたいな所に辿り着いた。

ホールというには少し手狭なこの"お店"の1番前。席いっぱいに集まる大勢の"お客さん"が注目するステージの真ん中まで歩かされて、其処まで来たところでグイッと鎖を下に引かれて無理矢理膝立ちに座らされた所で、考える。

さてさて、これからどうしようかな。別に奴隷とかになる事についてはどうでもいいんだけど、明日(あぁいや、もしかしたらもう今日かもしれない)は確かあの昼ドラの最終回だった筈だ。どうしよう、気になる。まあ大体結末の予想は付いているとはいえ、それでも毎回欠かさず見て来たから、最後もみたい。予想通りの結末でも良いし、その予想とは全く違う結末でも良い。つまらなくてもくだらなくてもいいけど、とにかく最後までみたい。この中途半端に見れず、モヤモヤしている状態っていうのは嫌だ。・・・・・・よし、戻ろう。そうと決まれば早く帰らないと。

「さぁて!次の商品はこの娘!まだほんの16歳という何も知らない無垢な子供!自分好みに調教したいと言う方には・・・」

司会進行。今まさに私を売りさばこうと、よく知りもしない私の事を一生懸命紹介しようとしてくれているおじさんの斜め後ろ。じゃら。音を立ててその場に立ちあがると、それを見咎めて「何してる座れ」って凄い顔と声で怒鳴られちゃった。やれやれ、こんなにか弱い子供にそんなに高圧的に物を言うなんて酷い大人だなあ。そんな事を思いつつ、じゃら。右手を口元に上げて「えー・・・」ごほん。と、1つ咳払い。

「モブキャラの皆さん、こんにちは。」
うららかな春の陽気に、海賊すら生ぬるく迎える穏やかな偉大なる航路(グランドライン)にある小さな島。温かな日差しに、海からはさざめく波の音。島の中央部から島を左右に分断するように鬱蒼と茂る小高い森からは小鳥の囀り。穏やかな人々の声。一見海賊とは無縁に見えるその島の商店街の一角で、この土地にはおよそ相応しくない怒号が突如として響いた。

「ッ!!さっさと出て行け!この化け物!!」

存外近くで聞こえたその声にふらりと視線を向けてみれば、べちゃっ。直後には先日の雨で溜まった薄汚れた水溜りの中に女が落ちていた。まだ十代半ば程のそのガキは、そのの正面にいるガタイのいい男に突き飛ばされたらしい。見慣れない黒を基調にした服が茶色い泥水を吸い上下ともその色の濃さを増していく。ぽたり。派手に水溜りに突っ込んだせいでさらりと黒い髪はしとどに濡れ、薄汚れた水が頬を伝って不健康な程に白いその女の肌をぼたぼたと滑り落ちていく。

たった今明らかに意図的な不遇を受けた少女は、しかし少しも動じた様子も見せず、また恐怖やショックすら見受けらず落ち着いている風に見える。いや、所かあの女を突き飛ばした男の方が顔を真っ青にさせて「ッ、とっとと出て行け!!」なんて雑魚キャラよろしく踵を返しソイツの方がとっとと走り去って行ったくらいだった。

・・・。その様子をなんとなくジッと見つめていたが、トントン。右手に持った大太刀で肩を2度叩き、そのガキの方へ歩く。それを見て後ろに控えていた1人と1匹が信じられないと言った様子でぎょっと視線を向けて来たのを尻目に、いよいよ女の正面。距離にして1歩の所で声を落とす。「おい。」その俺の声に女が顔を上げるより先。す、と。刀を持っていない左手を差し出した。

普段なら気にも留めない些細な事。こんな"親切"は、恐らく1年に1度ですら意味がなければ起こらない事だろう。事実、さっきまでぎょっとしていた後ろの奴等が、今度はまるで幽霊でも見たような眼で「明日は槍か」なんて失礼極まりない事を抜かしてやがる。まぁそれには追々制裁を与えてやるとして、ふらり。酷く緩慢な動作でもって顔を上げる女の旋毛を眺めながら、口端を吊り上げた。これは俺の、単なる勘だ。だが、俺は俺の"こういった"直感を、結構アテにしている。その俺の勘によると、・・・そう。コイツはきっと、面白い。

「ぼさっとしてんじゃねェ。とっとと立てよ、お嬢さん?」
<< Back Date::110401~29end/remake.130401 Next >>