コメットブルーがどんなに脆いか
「なになになに?!どうしたの?!!」
「、」

部屋の中から聞こえてきた音に、慌てて取り敢えずびしゃびしゃと雫が落ちない程度に濡れた髪を拭く。そうしてからとバスタオルを身体に巻くだけ巻いて、バン!とリビングの部屋の扉を開ければ、テーブルの上に敷いてたバスタオルの上には案の定さっきの妖精さんはいなかった。それに視線を彷徨わせれば、テーブルの下に割れたマグカップと、テーブルの足の部分で私から身を隠すように立つ、あの生き物がいた。

気に入ってたマグカップが割れてたのはちょっとショックだったけど、取り敢えず妖精さんが血を流して倒れてるとかって事が無かった事に安心した。よかった。取り敢えず動物病院は免れた。だけど心配は心配だから、私の方を見てぎょっと目を見開いて固まってる妖精さんに近付こうと足を踏み出そうとした刹那、妖精さんはハッと我に返って弾かれたように声を張り上げた。

「なんて格好をしているんだ!!早く服を着てきなさい!!!」
「え、あ、はい・・・ごめんなさい・・・」
「、・・・じゃない待て!!」

怒られて、ちょっとへこんだ。綺麗な顔してる分ちっちゃいのに凄い怖かった。なんか・・・なんかこう、上司に怒られた気持ちになった。反射で謝って取り敢えずじゃあ寝間着を着ようと踵を返そうとしたところで今度は呼び止められて、どっち?!って振り返れば、・・・え待って凄い顔してる怖い。

「お前は誰だ!俺に何をした!!」

滅茶苦茶怒られた。テーブルの足の裏から身体を出してまっすぐに睨みつけてくる妖精さんは、妖精さんとは思えないような物凄い形相をしてる。凄い怖い。だけどちっちゃい生き物がぴーぴー騒いでいるようにしか見えない。いやでもこんなにちっちゃいのに凄い迫力だなあ。思いながら、だけど本気で怒ってます!って顔をしてる妖精さんをこれ以上怒らせて変な魔法とかかけられても怖いから、取り敢えず目線を変えようとその場に座って口を開く。「いや、えっと・・・」

「なんだか私が悪い事したみたいな言い方だけど、貴方が勝手に私の家のポストに入ってたんですよ?」
「は?ポスト?」
「・・・あ、ポスト、分からないですか?えーっと、郵便受けって言って、手紙とかそういうのを入れる、」
「ポストくらい分かる!!」

ポスト?って不思議そうに言うから、妖精界ではそういうものが無いのかと思って説明しようとしたら怒られた。まってこの妖精さん直ぐ怒る怖い。親の仇みたいな顔で睨んでくる・・・。このサイズだからまぁいいけど、普通の成人男性サイズでこんなすごい顔で怒鳴られたら泣くかもしれない。

「えーっと・・・お仕事終わって帰ってきたら、他の手紙と一緒に貴方が投函されてて、取り敢えず持って帰りました。」
「てがっ・・・は!?とうかん?!!」
「?投函って言うのは、」
「投函の意味くらい分かる!馬鹿にしているのか!!!それよりも早く服を着て来なさい!!!!」

じ、自分で引きとめたのに・・・!
理不尽だ・・・だけどこれ以上きゃんきゃん言われても困るから、今度こそ着替える為に脱衣所に戻る。それにしてもあの妖精さん、喉痛くならないかな・・・イソジンあったかな・・・あるな。後で渡してあげよう。思いながら寝間着を着て、またリビングに戻る。戻れば、さっきまで大騒ぎしてたのが嘘みたいに大人しくテーブル横の床に正座をしてる妖精さんがいた。え、座るなら座布団の上に座ればいいのに・・・思って、濡れた髪の毛をパタパタと拭きながら妖精さんの方に近付いたら、妖精さんは正座のまま粛々と両手を床につけて頭を下げた。・・・え?

「あの・・・先程は、申し訳ありませんでした。事情も分からないのに喚き立てて。」
「・・・・・・・・・ちょ、え?!」
「思い返してみれば、柔らかなタオルに寝かせてもらっていましたし、拘束もされていなかったのに。」
「ちょっとちょっと!やだ、頭あげてください!」

これぞ完璧な土下座!と言わんばかりの綺麗なそれを見せられて、数秒固まった。だけどそれを土下座と認識してしまえば、慌てて妖精さんの方に近付いて腰のあたりから脇の下にそっと手を当てて、抱っこの要領でテーブルの上に乗せる。そうしたら真っ青な顔をした妖精さんに首をかしげる。

「あの、どうかしましたか?」
「い、や、その・・・びっくり、して。」
「びっくり?」
「急に体が浮いたので、・・・すみません、大丈夫です。」

言われた言葉に、はっとする。私にとっては小さい物をちょっとテーブルの上に移動させるくらいの気持ちだったけど、妖精さんにとっては突然自分の身長よりずっと高い場所・・・それこそ地面からアパートの屋上までいっきに一瞬で移動させられたようなものなのかもしれない。もしかしたらジェットコースターに乗った時のあのふわっとしたあれも感じたかもしれない。それに気づいてしまえば、とても悪い事をしてしまったと眉が下がった。

「ごめんなさい、配慮が足りなかったです。」
「いや、そもそもテーブルの下に勝手に落ちた僕が悪いんです。それに貴方がとても丁寧に僕を持ち上げてくれたのも、手つきで分かります。だからそんなすまなそうな顔をしないでください。」

テーブルの上に立ってそう言う妖精さんは、さっきまでの鬼の形相が嘘みたいに優しげだ。さっきまでの荒々しい口調とは180度違う、凄く丁寧な口調で穏やかに喋る妖精さん。その姿に、慰めて貰ってる事は分かってるけど、二重人格かな。なんて失礼な事を考えた。考えながら、テーブルの上に置きっぱなしになってたバスタオルを近付けて、座って下さいと促した。

生憎おままごとに使うような小さい座布団やクッションは無いので、これで我慢してもらう。私もまた横にあった座布団を寄せてそこに座って、ようやく妖精さんと向き合う。「えーと、」

「貴方は妖精さんですか?」
「いや、人間だ。・・・は?人間だよな?」
「私に聞かれても・・・・・・・・・は、発育不良にしても凄いですね。」
「いや、元々このサイズだったわけでは・・・」

言って、何かを考え込むように口元に手を当てた妖精さん(人間らしい)に首をかしげる。だけど何か考え中みたいだから大人しく反応を待ってると、ちらり。ビーズみたいに小さくて綺麗な青色の目が私を見た。

「僕からも質問させてもらいたいのですが・・・いや、もしかしたらとても頭の悪い質問かもしれませんが。」
「?はい、どうぞ。」
「貴方は人を捕食する類の巨人か何かでしょうか?」

ぱちり。言われた言葉に瞬いた。だけどじわじわ自分が何を言われたのかを理解して、「ふっく、・・」噴出した。

「あ、はははははは!やだ面白い事言わないで下さ・・ッ、ふはっ」
「そんなに笑わなくても・・・僕からしたら、目が覚めたら巨大な人の家ですよ。怖いじゃないですか。」

そうかもしれないけど、そっか成程。私にとってその可能性がなくても、このよう精算にとっては私の方が大きくなったって可能性もあるのかぁ。思いながら、だけど暫く笑いが止まらなかった。そんな私を大層不満そうに見上げる妖精さんに「ご、ごめんなさい」って謝ったけど声は盛大に震えた。今度こそギロリって音が鳴りそうな形相で睨まれたから両手で口を押えた。抑えて、暫く。ようやく落ち着いたところで、言う。「えーと、」

「私はです。貴方のお名前は?」
「・・・あむろとおるです。」

あむろとおる。どういう字を書くんですかと聞けば、小さい指先を使って『安室透』って空で文字を書いてくれた。・・・私と向き合ってるのに、逆さ文字にならないで私にさらっと書いたの、すごい。多分私ひらがなでも凄い苦戦する。そんな事を頭の片隅で考えながら、ジッとその小さい頭のてっぺんを見下ろして首をかしげる。

「あの、本当に私と同じひとなんですか・・・?」
「・・・はい。此処で目が覚める前までは、普通の人のサイズでした。」
「はぁ・・・妖精って言われた方が信じられるのになあ。」
「僕だって今の状況が信じられませんよ・・・」

言って、頭が痛いとばかりに寄せた眉間に手を当てたその、ひと。サイズはちょっとあり得ないサイズだけど、その大きさ以外ははあと溜息を吐くその姿はまさに私とおんなじ、ひとだった。その、たった今人と納得した彼は溜息を吐き出したと思えば急にキリッと表情を切り替えてぴんと背筋を伸ばした。おぉ、ちっちゃいのにかっこいい。

「そうですね。取り敢えず、今日はこれが夢である事に一縷の望みをかけて眠る事にします。貴方も目が覚めて僕がいなかったら、今日の事は夢だと思って下さい。このタオルを借りてここで寝ても?」
「はぁ、どうぞ。」
「ありがとうございます。それと、マグカップを割ってしまいました。申し訳ありません。片付けたいので下に降ろして頂けませんか?」
「え、いや。怖いのでそれは私が片付けます大丈夫。」
「・・・そうですか。重ね重ねご迷惑をおかけします。では、よろしくお願いします。おやすみなさい。」

本当にそう思ってるのか怪しいくらいのシレッとした調子で早口にそう言うと、今まで座ってたバスタオルから降りていそいそと畳み直す。そんな姿を見て、ちょっとかわいいなあ。今度動画取らせてもらえないかなあ。なんて考えながら、見事に割れたマグカップを片付ける。そんな私の傍らで、彼の方はようやく自分で満足する形に畳めたのか、バスタオルの折れ目の間にすっぽりと体を滑り込ませた。バスタオルの中に完全に隠れたその様子に、絶対床に置くのはやめようと決意する。床に置いたら間に挟まってるって気付かずに多分踏みつぶす。

そんなちょっと怖い事を思いながら「おやすみなさーい」って言ってから、思い出す。「あ、」声に出してから、慌てて食器棚から小皿を持って洗面所に向かう。そうして常備してある赤い蓋がしっかりと絞められた中身を小皿に注いで、バスタオルの彼の元に戻る。そうして「待って待って!」って声を上げれば、もぞりとバスタオルの中から「なんですか?」って身体を出した姿に首をかしげる。

「えっと、安室くん。さん?」
「どちらでも構いませんが・・・なんですか?」
「はい。」
「?なんです?それ。」
「イソジン。」
「・・・いや、何故それを僕に・・・?」

コトリと差し出された小皿に入れたそれ・・・イソジンを見下ろして眉を寄せた安室〜〜〜さん?うーん。うん、くん。安室くんに、あ、そう言えば水で薄めないで現役で持ってきちゃったけど大丈夫かな?・・・大丈夫か。言ったら怒られちゃいそうだからそれは言わずに、にこりと笑う。

「だってさっきまでぴーぴー騒いでたから、喉傷めてないかなって。」
「・・・・・・・・・」
「?」

言えば、すんっと無表情になった安室くん。それにどうしたんだろうって3度瞬いた時、安室くんが無言で近付けと言わんばかりに指をちょいと動かした。それを不思議に思いながら近付いたら、「指を」って言われる。よく分からないけど指を出せってことかな?と人差し指を差し出した。ら、安室くんが私のその人差し指の先端の腹の部分にそっと手を当てて、

「痛い!!!」

思いっきりつねった。なんでえ?!!
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