天体の位置を変える悪戯
「・・・?・・・・・・??」

6月の金曜日、20時57分。
ポストを開けてその中に入っていた葉書や封筒の下に転がっているそれを、ジッと見つめる事はや数分。かさり。それの上に乗っかっていた手紙をどけて、ぐるぐると目を回しているそれを摘み上げる。潰れないように右手で恐る恐る目線の高さまで持ち上げて、左手は万が一にも落とさないようにそれの下にそっと添える。じっくり上下左右方々からまじまじと観察してみても、結局それがなんなのかはよく分からないし、触った時のぬくもりはどうあがいても無機物じゃなくて、生き物のそれだった。・・・うーん。

         じめじめと鬱陶しい梅雨の夜。家に帰ると、ポストの中に妖精(仮)が入っていた。









全長13.6cm。
私の家のポストに入っていたのは、そのサイズのどこをどう見ても人にしか見えない生き物だった。色黒の肌に、サラサラの金色の髪の毛。しっかりと目を瞑っているその生き物は、質の良さそうなグレーのスーツを着ているけど、全体的に薄汚れてる。取り敢えず服から出てる手とか顔は濡れ布巾で拭いてみたけど、普通の人間サイズなら20代前半の成人男性に見えるこの生き物の服を剥ぐのも気が引けたから、取り敢えずその状態で折りたたんだバスタオルの上に置いてる。・・・けど。

「ぬいぐるみ、じゃ・・・ない、よね?」

どう見ても息してるし、こんな精巧なぬいぐるみ気持ち悪い。やっぱり持って帰らないでその辺に放っておいたほうがよかったかなあ・・・。だけど生き物だし、こんな生き物放っておいたらどうなっちゃうか分からないし・・・。試しにほっぺたをうにうにと人差し指でつついてみれば、「う゛ーん」って眉を寄せて寝苦しそうにしたからごめんねと頭を撫でて、はぁとひとつ溜息。いいや、取り敢えずお風呂に入ろうとこの生き物から離れて立ち上がる。

脱衣所に入って服を脱ぎながら考えるのは、やっぱりさっきの妖精さんの事だ。
あれ、寝てるのかな?寝てるんだよね?バスタオル敷くだけじゃなくて、ハンカチか何か布団代りにかけてあげた方がよかったかな。・・・・・・・・・病気で意識失ってるとかだったらどうしよう・・・。考えて、ちょっと怖くなった。え、どうしよう。もしそうだったら動物病院と人の病院とどっちがいいんだろう・・・。でもあれ、人目にさらして平気かな。よく映画とかで不思議生物って実験動物にされたりしてるし、え、どうしよう怖い。

考えて、寝てるだけだって無理思う事にした。して、はぁとまた溜息。

今日も一日つかれたなあ。一人暮らしを始めたのは、今の会社に入社するのとほぼ同時。入社して数年が経ったけど特に異動とかもなく、慣れた仕事を日々淡々とこなすだけだけど、それでもやっぱりくたびれる。それも明日明後日とお休みだと思えば、昨日までよりは気持ちは大分弾んでた。だけど家に帰ってポストを開けてみれば不思議生物。吃驚するくらい綺麗な顔をしたそれは捨てるには良心が咎めて持って帰ってきちゃったけど、警察とかに届けた方がいいのかな。でもあれ、生き物にしか見えないんだよなあ。宇宙人?そもそもなんで私の家のポストに入ってたんだろ。切手も貼ってなかったけど、自分で入ったのかな?うーん。

ストッキングやブラジャーなんかをそれぞれ洗濯ネットに入れて、洗濯機に放り込む。お風呂場に入ってシャワーで髪の毛身体と洗ってようやく湯船につかれば、ほうっと息と一緒に一日の疲れも吐き出されるみたいに力が抜けた。抜けた所で。

どたんばたん!

脱衣所の外からおかしな音が聞こえて、ぎょっとする。一瞬泥棒って言葉が過って血の気が引いたけど、もしかしたらあの妖精さんが起きたのかもしれないと思えば緊張は和らいだ。だけど絶えずバタバタしてる音は聞こえるし、その内パリン!なんて音も聞こえて慌てて湯船から立ち上がる。え、ちょっとちょっとぉ?!

えええ、妖精さんってこう・・・ふわふわ可愛い物じゃないのかなあ?!顔は可愛かったのにあの小さい体で何でこんなおっきい音出せるの怖い!思いながら、洗面所に準備してあったバスタオルを引っ張った。ていうかあれ、やっぱり生きてたんだなあ。ちょっとした感慨も感じながら。
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