隔離された僕らの世界で。
大阪府大阪市天王寺区逢阪。

東京から新幹線で新大阪まで眠り。それから営御堂筋線に乗り換えて一旦心斎橋で降りて大丸心斎橋店の3階を目指す。そうしてその中のHARBSというケーキ屋さんまで来ると、其処のケーキを取り敢えず全種類1カットずつ頼んで持ち帰り用に箱に入れてもらう。・・・全部で15個くらいのケーキは流石に1つの箱には収まらなかったけど、お財布以外には殆ど手ぶらと少ない荷物しか持ってきていないから、それほど苦ではなかった。

そうしてまた駅までの道をゆったりと歩き、再び乗り込んだ電車に揺られる事10分弱。辿り着いた天王寺駅から天王寺公園を出て北側へ歩いて行けば、25号線沿いに面する所にようやく見えた『安居天満宮 真田幸村戦死の地』の看板に、東京から此処までたったの3時間半程で着いてしまう交通の便に感心してしまった。

そうして何の逡巡も無くその中に足を踏み入れると、中の建物や案内には目もくれず、目的の場所まで真っ直ぐに歩く。


『眞田幸村陣 歿の旧』と立札の横にある、真田幸村戦死跡碑。


大坂夏の陣で徳川家康の本陣まで攻め込み、それをあと一歩のところまで追いつめた彼は、けれど軍勢に勝る徳川軍に追い詰められ、この境内の、まさにこの場所。此処で傷付いた味方の兵士を看病していた所を敵兵に襲われ、討ち取られた。・・・らしい。実際私が見たわけじゃないし、元々歴史にも興味があったわけでもなかった私は、所謂戦国ブームにも全くと言っていい程目をくれなかったので、この情報もついこの間聞くまでは知らなかった。
・・・其処まで思って私はふっと息を吐くと、手に持っていたケーキの箱を取り敢えずその石の前に置いて上を見上げる。

「こんにちわ。」

言った言葉に返事は全く無くて、確かに周りには人一人いない。だからこそ、今、私が見上げる木の枝の上に"居る"、"ひと"は、ふらりとその視線を私に移して、けれど直ぐにほんの刹那の瞬間だけ目を見開いて、それを元の平静のそれに変えた。

「・・・・・・・・・アンタ、俺様の事見えてんの?」
「こんにちわ。」
「ちょっと、人の話聞いてる?」
「こんにちわ。」
「・・・こんにちわ。アンタ誰?」
「君の事はちゃんと見えているし、話しだって聞いてる私はただのシャーマンだよ。」
「しゃーまん?」

酷くどうでもいい顔で問うたその言葉は、けれど実際彼にとってはどうでもいいのだと言う事が簡単に窺い知れた。だけどそれを気にする理由も無いから、私はにこりと笑んだまま続ける。

「霊能力者って言えば分かるかな?」
「胡散臭いね。」
「でも、君は私と話してる。」
「・・・、具体的には何すんの?その、しゃーまんって奴は。」
「え?うーん・・・」

問われた言葉に、少し迷った。実際、「・・・何、っていうものはないよ」そう、無いのだ。「シャーマンはそれぞれ持ってる能力が違うし、その能力によってまちまちなんじゃないかな?日本では陰陽師とかイタコとか有名だよね」それに、シャーマンとしての力を持っている者が、シャーマンという力を職業として一生を過ごすかと言えば、そうじゃないシャーマンもいる。寧ろこの時代、普通に非シャーマンの中に紛れて社会人になるシャーマンも少なくは無いのだ。

それを言って私はその場に屈むと、さっき地面に置いたケーキの箱を開ける。そうすれば目の前に居る彼はそれを見下ろして眼を細めると、それを酷く冷たい目で見降ろした。それを見上げて彼の眼を見れば、彼は無気力な無表情で問うた。

「・・・なに、それ。」
「?お供え物だよ。」
「じゃなくて、中身・・・」
「ケーキだよ。」
「けーき?」

問いながら。だけど彼は別にその答えが特別知りたいわけでもない事が直ぐに分かった。ただ、目の前に私がいて。その私が見た事の無いものを取りだしたから、取り敢えず"話し"として喋っているだけ。そんな感じだ。

だけどきっと彼にとっては、この話そのものもどうでもいいものに違いないのだと、分かる。きっと彼は、自分が面倒だと感じれば直ぐに自分と私をシャットアウトして私を無い物として考えるんだろう。だけどそうされるとこっちも少し面倒だから、そうならないように私も深入り過ぎない程度の距離と態度で対応する。

「あー・・・えっと、西洋?あれ?えっと・・・400年くらい前だから、えーと・・・南蛮?の、甘味だよ。」
「・・・なんで、甘味?」
「だって好きでしょう?」

言った言葉に、彼は「は?」と声を出したけど、私の方はそれに答える気は無かったから黙って目を閉じると手を合わせる。そうして簡単に形を作った後で、私は目の前の彼を見上げる。

「それで?初めてケーキを見た感想は?」
「なんかふわふわしてそう。甘いの?」
「餡子とかとは全然違う甘さだけどね。甘いよ。」

そう言ってから立ち上がると、私はその際に箱の中からタルトをひとつ持ち上げて一口かじる。そうすれば彼はそれを見て「それ、供物だろ?何でアンタ自分で食ってんの?」なんて呆れたような眼を向けて来た。だけど「お供え物は人が食べるのが礼儀だよ」と言って笑えば彼はそれきり踵を返したものだから、その背中に向けて声を投げる。

「食べてみなよ。」
「は?」
「食べてみなよ。」
「・・・アンタさ、頭悪いの?」
「?どうして?」
「なんで幽霊の俺が食べれるのさ。」

その言葉に、即座に理解した。この霊は、本当に死んでから何もしてこなかったのだと。そんな、彼の無表情な感情に、ぼろり。込み上げた。霊は確かに、ものに触れられない。だけど人は、そこにあれば触れたくなる生き物だ。真田幸村のこの墓に、何も供えられない筈が無い。この場所に"縛られている"彼なら、そこに居て、触れる事を試す機会なんて何度だってあった筈。それをこの人は、1度だって、試してこなかったんだろう。

それを思って彼を見る私に、彼はぎょっとした。けれど私は瞬いて。そうして最後に落ちた雫を指先で拭って、私はケーキ箱の中に入っている一際赤いベリーベリーケーキを持ち上げて彼の前に差し出した。

「幽霊も、食べれるよ。」
「は?」
「お供え物は、食べれるよ。その為の、供物だもの。」

戸惑っているような、そんな目に心が震える。「それでももし」何も、してこなかったのか。何もしようと、思えなかったのか。真意を問う事はしないけど、「このお墓に眠る人の物を食べる事に、気が咎めるのなら、」それでも。そんなにも長い時間を、ただ、何もせず、心だけを揺らして過ごす事は、どれだけ永かったのか。考えたくも、無いけれど。「君に、あげる。」

「私が君に、供えてあげる。だから、食べて。」



(・・・食べて、なんて。)
なんて、残酷な変化を促そうとするんだろうかと。そんなことある筈がないと分かっているのに、それでも。言われた馬鹿みたいな言葉に、その時どうしてか手を伸ばしてしまった。触れる筈の無い指先が掴んだのはふわふわと柔らかく、白と茶色の先の尖ったふわふわとした何かがぺちょりと指に付いたけど、それは気にせず三角の形のそれの端に歯を乗せた。・・・真っ赤な木苺に似たそれは甘酸っぱくて。      あぁ、嫌になる。どうして。何にも知らないこの目の前の女に、この色を思い出させられるなんて。いや、思い出すなんて冗談じゃない。俺は、1度だって忘れた事なんて、

「・・・あまい、」

いつかの最期。只一つだけ感じる事の出来たものから、幾百年。自ら手に入れようとすら思わなかった変化に、どうしてか、
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