透明ほどささやかに
「だからもう、・・・君とは一緒に、いけないよ。」









燃える家、物、想い、そして命。轟々と燃え上がる炎に、パチパチと灰と共に舞う煙。全てが焼き尽くされて、やがてこの中に居た人すら、燃え尽きてしまう。・・・何もかもが、虚しい。そんなに近くも無い場所だけれど、それでも強く大きい炎に頬が熱を感じたけれど。それでもその場所を見下ろしながら、其処から出てきた少年を、見る。星の模様の付いたマントを身にまとい、あの業火の中、何食わぬ顔で、焦げも火傷もなにもなく、ゆったりとした歩みでそこから出てきた、彼。

彼に気付かれる前に、この光景から視線を逸らして、このビルの床に仰向けに倒れた。


人間が皆殺しにされる事も、世界が滅びる事もかまなわない。ただ、私にとっての大切な人だけが生きているなら。生きて、笑っていられるなら。私にとっての大切な人だけが、無事なら。それ程欲張りでも優しくも無い私は、見も知らない誰かの為に心を痛める事はない。守りたいなんて大層な事は言わない。私がなんにもしなくたって、人は色んなところで勝手に生きて勝手に泣いて、そうして勝手に笑って幸せになっている。人はみんなそれぞれに、それぞれの境遇に見合うだけの幸せも不幸も全部勝手に手に入れて、生きて行ける。それに一々口出しも手出しも、あんまりする気はないけれど。

けれど、もしもの時。起こるかもしれない何かが起こった時。何かをしたいと思える何かが起こった時。私にはその人達を守れるだけの力があって、だから実際、何かが起こったとしたって何の問題も無い。だけど、・・・だけど、

「君がそれをするのは、かなしいよ。」
寂しい。

他の誰か、・・・知らない誰かがそれをするなら、構わなかった。だけど、君がそれをするのだけは、受け入れられないよ。星々の瞬く、空の下。只でさえ減ってしまったその空に、赤く燃える炎の色、そして其処から溢れ出る黒い煙が覆い隠していく。それらを見上げて、眼を閉じた。だって君は、笑ってすらいない。



「僕は必ずシャーマンキングになる。」
はっきりと言い放った彼に、私は何も返さなかった。なにかを返した所で無意味な程に、彼の心が定まってしまった事を理解してしまっていた。重く暗く、まるで闇よりどんよりと沈殿した何かに、足を絡め取られて、もう抜け出せない所まで、落ちてしまった。

「そして人を滅ぼす。」
限りない憎しみにその身を窶して。あぁ、どうして。貴方だって、ひと、なのにと。けれど、その言葉も意味も、決して彼に届かない事は分かっていた。十二分に、理解していた。彼は取り返しがつかない程に、区別してしまっていた。


交わらない。交われない。
分かり会えない。

私じゃ君を、止められない。
私の心を、君は知っている。
君の心を、私は知っている。

私じゃ君を、止められない。だから、


「なんどでも、君を奪うよ。」


君が何度でもそれをしようとするなら、私もまた、何度でも。私は、
「私は、君の・・・ともだちだったから。」たいせつな、ひとだから。

ぽたり。溢れて零れ落ちたそれは、とても惨めだった。
どうにもならない事を、それでも結局諦めきれずにいる。あぁ本当に、どうしようもなく、・・・無様だ。


「さびしいよ、・・・はおくん。」



きっともう、"君の名前"を呼ぶ事は、二度とはないのだろう。
「・どの、・・・エミ殿。」
「・・・・・・・・・なあに、ゆきむらくん。」

何度も肩を揺らして名前を呼んで。そうしてゆったりと、ようやくその大きな瞳を開けたエミ殿に、ほっと胸を撫で下ろす。ぱち、ぱち。彼女が瞬きをする度に、その瞳に膜を張っていた涙がぽろり、ぽろりと枕に落ちて染み入った。そんな彼女の目尻に溜まる涙を恐る恐る親指の腹で拭って、某の事をぼうっと見上げるエミ殿に問うた。

「何か、哀しい夢を、見ておられたのですか?」
「・・・うん、そうだね。」

とても悲しそうに涙を流していた。眠りながら、止めどなく。それを見て、咄嗟に起こしてしまったが、・・・
エミ殿は問われた言葉に、ふ、と目を閉じた。涙でキラキラと揺れ輝いていた瞳が閉じられて、その後直ぐに某の手が握られた。それにドキリと顔を上気させて、ともすれば叫び出しそうになったそれを何とか抑え込む。そんな某に気付いているのかいないのか。エミ殿は「とてもさびしい、ゆめだった。」と。やはり、何も知らない静けさでもって囁いた。

「あたたかいね、ゆきむらくん。」

大きな瞳はやわらかな瞼に包まれて、長い睫毛がささやかに揺れている。きっと、今、夢現にあるのだろう。声はぼやけて掠れ、まるで・・・そう、まるで。年相応の子供の様で。濡れた睫毛が、そこに溜めおけなかった涙がぷっくりと膨れ、その大粒がやがて頬を伝って布団に染み込んだ。まるで縋るように強く握られたその手。彼女の瞳は今、やわらかく閉じられている。それでもきっと、確かに見えているものが、あるのだろう。

「あさはくん・・・」

何事かを囁いた。まるで、大切な宝物を抱きしめるような、とても優しい声だった。けれど、それと同時に、それを無くしてしまったかのような悲しい音も孕んでいた事にも気付いてしまった。

そう言えば、某は彼女についてまだ何も知らないのだと、理解してしまった。何も語らない彼女は、問いかければ応えてくれるだろうか。問いかければ、呆気なく応えてくれるのだろうか。それともまた、いつものように優しく絆され、うやむやにされた事実にすら気付かない程の自然さで、ひたりと隠されてしまうだろうか。彼女の優しさはまるで、毒の様だと、         あぁ、

エミ殿にとっての救いとは、一体何なのだろう。エミ殿が求めるものとは、・・・某に、某達に、出来るだろうか。この何処までも優しく、そして悲しくさびしいこの方に、何か。何か、彼女が求めるものを手に入れる為の、手助けを。ほんの、ささやかでも。
Date::120410 Window Close ...?