前髪ではねた陽
「お姉さぁん、お願いしまーす。」
「あら、卵?受験生は皆魚取りに行ったと思ったけど・・・」

のんびりと、なんだかこっちの気まで抜けそうな朗らかなハンター試験に似つかわしくない声で呼びかけられて視線を向ければ、受験者の連中が皆魚を獲りに外に出た中、それと入れ替わるようにして戻ってきたあのよく分かんない2人組。そいつらが持って来た卵の乗った握りずしを見て「さてはアンタ、知ってたわね?」って聞けば、別に隠すでもなく「え?あ、はい知ってました。やっぱり結構マイナーな料理なんですか?」なんて返されちゃったもんだから、毒気を抜かれる。

マイナーも何も・・・「そりゃぁジャポンって小さい島国の民族料理だからね」受験者は全員知らないって前提で出題したんだけど、「ま、いいわ。」って切り替える。そうして先に300番の方の皿を手に、ジッと皿の上に乗った綺麗な色のそれを見下ろす。そうして思わず「見た目も香りもいいわね・・・」って零してから両手を合わせた。「いただきます。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・うまい。
もぐもぐ、・・・もぐもぐもぐ、もぐ、・・・・・・ごくん。ゆっくりじっくり咀嚼して、そうしてそれを飲み込んだ上での感想は、美味い、だった。そりゃ一流の料理人並ってわけじゃないけど、普通に美味い。店に出していいレベルで。寿司自体は握り慣れてない感じだけど、出汁巻き玉子の方は口の中でとろける甘さがたまんない。美味い。・・・美味い、けど。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

ジ。皿から300番の顔を見て、天井を見て、また300番を見て、って感じに視線を巡らせて、思案する。・・・さて、どうしたもんかしらね。さっきの内臓料理にしても短時間で作った割に美味かったし、独特の臭みを消す工夫もあった。流石美食ハンターを目指してるだけあって見た目も味もいい。でも、・・・いや。美食ハンターを目指す将来有望なコック見習いに、甘い判断はしてやれないわ。そう決断すると、最後にもう1度ジ〜っと300番の顔を見て、言う。

「・・・・・・・・・だめね、シャリの握りが甘い。この卵に対してのシャリの味の配合は良い線いってるけど、もうちょっとって感じね。」
「あ、はい。ありがとうございました。」

言えば、ぺこり。こりゃまた随分お行儀よく頭を下げられて瞬いた。瞬いてから、今度は隣の299番の持って来た皿の鎮座する寿司を見る。・・・こっちはちょっと不格好ね。でも玉子自体の肌理は悪くない。丁寧に作ったんだって事は分かる。思いながら口に入れて見れば・・・300番と味付けの配合が殆ど同じなのが分かる。

一緒に作ってたからこうなる事に別に違和感はないんだけど・・・ジ。299番の顔を見て、チラリと300番に視線を移す。・・・こいつ等、一体どういう関係なのかしら。299番は20代半ばから後半ってとこかしら。でも300番の方はそれから更に10歳は若く見える。兄妹、って事はないでしょ。これじゃ。・・・親子なんて益々なさそうだし・・・でも行きずりの関係って言うには、付けてる何か機械?よく分かんない装備は同じだし・・・・・・・・・いやいや、一体こいつらどういう関係よ。
疑問に思いながら。だけど気にしててもしょうがないと頭を切り替えて、ごくり。口のなかのそれを飲み込んで299番を指差す。

「アンタは全然ダメ。卵焼く時の手際の悪さが味と固さにまで出てる。シャリの握りも強くて口の中でほぐれない。」
「そうか。」

・・・顔の割に、私の言葉に別段反抗するでもなく短く答えた299番はそのまま300番と調理台の方に戻ってったけど・・・そんな珍妙な2人組を眺めていた私に、後ろからブハラが「メンチ〜」なんて、これはこれで気の抜ける声で声をかけて来た事に「なによ?」と振り返る。そうすればブハラは・・・何?なんか窺うような顔で口を開いた。

「さっきのあれはちょっと厳しいんじゃない?」
「ま、確かに厳しいは厳しいけど、仕方ないわ。だって美味かったんだもん。」

言った私に、訳が分からないって調子で「は?」って声を上げたブハラに、私はにんまりと笑う。いやー、ほんっと。別にハンター試験で人材発掘、なんて全く期待してなかったんだけど。これは良い拾いものしたわー。

「299番はまぁ普通だけど、300番は素質有るわよ〜。」
「素質って?」
「ばっか!そりゃ料理人としての素質に決まってんでしょ!」

ばしっ!膝を叩いて言えば、驚いたようなブハラの顔がぶつかる。何よアンタ、さっきアンタもアイツ等の豚の丸焼き食ったでしょーが。でもそっちは勿論だけど、寧ろ私が感動したのは豚の丸焼きに"本来"使わない筈の内臓をそのまま捨てるんじゃなくって、全部それぞれ調理して持って来たあの心意気よ!

「ほんっと、あの2人って訳分かんないけど、食材に対する愛は本物よ。」
「あぁ、うん。豚の丸焼きで使わなかった内臓までちゃんと料理してあったもんな。あれは美味かった〜」
「あんったさっきからそればっかりじゃない!あんな真っ黒のまで美味い美味い言っちゃって。」

それでも美食ハンターな訳?!そうギッと睨め付ければ、戸惑ったように謝られたけど・・・アタシに謝ってもしょうがないでしょうが!全く。・・・んでも。ほんとにあの2人は見処あるわー。299番はまぁ普通だけど。でも300番が美味い分、299番の方もそこそこ美味い。・・・あ、あ〜!失敗した、さっきアイツ等の連絡先でも聞きだしとけばよかったわ。

思って、でもまぁ後で聞きゃいいかと足を組み直した所で、不意にブハラが「ん?」って声を上げた。それに何かと思って見れば、コイツはまた不思議そうな顔を作って言う。「あのさ、」

「300番の事情は分かったけど、299番は普通だったんだろ?じゃぁ合格でもよかったんじゃ・・・」
「まー・・・普通っても美味かったは美味かったのよ。ただ、味付けの配合は300番に聞きながら、って味だったからね。だからこそ、あの配合を生かした手際でやって欲しかったって事よ。アタシが美味いって言う事が条件なんだから不合格は妥当でしょ?」

そう言いきった私に、僅かな沈黙の後。「・・・・・・・・・え?」って声を上げたブハラには、生憎気付かなかった。さーて。他の受験者も結構戻って来たし、これからよ〜。どんな珍味が飛び出してくんのか、今から楽しみだわー!!



未知への期待に胸を膨らませてる私に、「だ、大丈夫かな。」ブハラのそのささやかな呟きになんて、当然の如く聞こえなかった。
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