溢すために注いだ水のようなもの
「そう言えばリヴァイ。お前、ハンター試験は受けないのか?」

言われた言葉に聞き覚えは無く、所定の金額が確かに口座に振り込まれた事をケータイで確認していたその視線をふ、と持ち上げ「ハンター試験?」とそのまま言葉を返す。だがそうした俺に対し、奴は「なんだ、知らないのか」と呆れを孕んだ笑いを返した。だがその呆れの中には明らかに俺を小馬鹿にしている音も紛れている事には気付いているぞ。その事に剣呑に眉を寄せた俺に、だが奴は気にしたそぶりも見せずにふ、と息を吐いた。勿論その息は笑いだ。

「念能力を使える癖にハンター試験を知らないとは、やはりお前は変わっている。」

やれやれとでも言いたげに肩を竦めて見せた奴の尊大な態度に、しかし今更一々目くじらを立てる事はしないが・・・だがこのクソガキ、と呆れた感情くらいは抱く。奴とは俺がヨークシンで派遣社員をする前・・・所か、を拾う前からの付き合いになるか。まだ奴がエレンよりもガキだった頃だ。当時俺が17程の時から指して変わる事無く一貫したその態度は、コイツが顧客でさえなければ蹴り飛ばしてやっただろうな。

「今の仕事をこれからプロとして続けていく気があるのなら、ライセンスは必要だろう。」
「煩ェ、俺は直ぐにでも退職してえ。」
「まだそんな事を言っているのか。諦めろ、お前は一般職には向かん。」
「バカ言え。俺は上の命令には結構従順だ。」
「どうだかな。」

そんな事を考えながらケータイに表示された時間を確認する。・・・確かは今日は昼までだと言っていたな。ならあまり急ぐ必要もないが、これからヨークシンのハローワークに行ったとしてもアパートには17時くらいには着くか。そんな事を考えながらなんとなく話していたが、不意に奴の言葉の中に気になる単語を見付けた。「・・・・・・・・・プロ?」問えば、「ん?あぁ、プロハンターの話をしている。」という返答。その返って来た言葉を脳内で咀嚼して、気付く。「・・・俺は、」

「今までアマチュアのハンターだったのか?」
「なんだ、プロのつもりだったのか?」
「いやそもそもハンターだったつもりが無い。」
「・・・・・・・・・」

なんだ、そりゃあ・・・いつの間にそんな事になってたんだ?いつからだ?この世界に来て何でも屋を始めた時か?それともあのクソババアに念を教わった時か?いや、そんな筈は・・・それとも念を覚えた後か?ならあれか?ヨークシンで派遣社員になった時か?訳が分からねェ。ハンターつったらあれだろ?時々話に聞くあれだろう?あれっていつの間にかぱっとなっちまうようなもんだったのか?

どういう事だ、俺は取り敢えず元の世界に戻るまでは全うに生きるつもりだったってのに。やはり派遣社員なんてやらずに農家で畑でも耕してれば良かったか、クソ・・・。そんな事をうわ言のように呟いていれば、今度こそ呆れしか無い眼が俺を覗いていた。

「やはりお前は少し可笑しい。」
「盗賊団の団長なんて馬鹿やってるお前には言われたくねェよ。」
「なら何の団長なら許されるんだ?」

別にお前も金がねェ訳じゃねえだろう。何が楽しくって盗みやら人殺しなんてやってられんだかな、気持ち悪い。・・・とは、まぁこの世界にはこの世界なりの事情や摂理があるんだろうから言わないが、まぁ、何処に行っても人間の本質なんてのは似たようなものだって事なんだろうな。
思いながら、問われた言葉に思案する。・・・が、思案するまでもなく浮かんだのは、俺の良く知る"団長"の姿だった。「そうだな、」

「巨人と戦う集団の団長なんてどうだ。」
「はは、それは面白そうだ。だが、得られる物が無いならあまり魅力はないな。」
「それもそうだ。」

確かにお前はそう言う奴だな。気まぐれに慈善活動もするみたいだが、わざわざあの場所(・・・・)まで言って巨人殺しの手助けをしてくれるような奴じゃない。コイツの中では所詮絵空事でしか無い巨人というものを、しかし俺は覚えている。この世界に順応しながら、しかし帰る手立てを探す事は決して止めない。あの世界に帰る。その為に、この世界を生き抜く。そしてその為に、俺は一般企業への就職は諦めない。絶対だ。

「巨人の話はどうでももいいが、ハンターライセンスは持っていると色々便利だぞ。」
「色々?」
「あぁ。例えば交通機関公共機関の殆どを無料で利用できたり、プロハンター専用の情報サイトを閲覧できる。そのサイトを使って仕事を依頼出来れば、逆に受ける事も出来る。そもそも俺がお前の事を知ったのもそのサイトにお前の情報があったからだ。」

言われた言葉に、思わず「なんだそりゃぁ、俺の個人情報が筒抜けって事じゃねえか。」と漏らした。前半までは便利なもんだと聞いていたが、とんでもねェサイトだな。道理で訳の分からねェ所か色んな依頼が来たわけだ・・・言えば、そのお陰で依頼が来ていたんだから文句は言うな、だと。まぁ、そうか。そうか?妙な腑に落ち無さを感じながら、また気になる単語に気付いた。・・・、

「・・・仕事を受けられる?」
「?あぁ、勿論そのサイトを通じて仕事受ける事も可能だ。そもそもお前、今の派遣されている仕事の中にもライセンスを持っている事が第一条件だというものも有るだろう。気にしてこなかったのか?」
「そもそもライセンスなんて持ってねェからそんな仕事は派遣されて来ねえ。」

言えば、「それもそうか」と返ってきたが・・・そう言えば、ハローワークでも最初に登録した時にハンターライセンスの有無を聞かれた気がしたな。その時は免許証かなんかの事だと思っていたんだが・・・違ったのか。思いながら、今はしかしライセンスそのものよりも気になっているものがある。

「1つ聞くが、そのサイト。俺の情報が載っていたんだったな?一般のサイトには何も無かった筈だが。」
「ん?あぁ。主にお前が過去受けた仕事の内容と、お前が実際に生活していると思われる場所の情報だったがな。プロハンターの使うサイトだぞ?物によっては有料だが、一般には非公開になっている情報も閲覧できる。」

プロハンターだけが使える、一般には公開されていない情報も載せられているサイト、か。・・・そこには、あるだろうか。今までどんなに探しても見つからなかった、『帰り道』への情報が。

「まぁ、考えておくと良い。次のハンター試験は1月らしい。お前なら簡単に合格できるだろう。」
「そうか。」

やる事は決まった。ハンター試験を受けて、ハンターライセンスを入手する。プロハンター専用のサイトに俺の・・・俺達の求める情報があればそれでよし。なければないで就活に利用すればいい。あって損にはならないものだ。ハローワークは止めだ。ヨークシンに戻ったら図書館に行ってハンター試験とハンターライセンスについて調べる事にしよう。

「良い情報を貰った。次、何かあれば割引してやる。」
「はは、何でも言ってみるものだな。楽しみにしている。」

奴のその言葉を聞きながら、この場所・・・奴の仮家のひとつであるログハウスを出る。鬱蒼と茂る森の中にひっそりとあるこの場所は、俺が移動するには最適の場所だ。
始め、・・・この世界に来た時には全くサイズが合わなくなっていたこの調査兵団の団服も、随分と前に成長の止まった今となっては、ぴたりと肌に合う。その服のマントが風にたなびく音を聞きながら、いつものように俺は"立体機動装置"を出現(・・)させた。
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